2018.07.15 09:46『天使の翼』第9章(1) 政治とは、より多くの情報を収集し、隠匿して、その情報のごく一部を、特定の人物、集団に発信・誘導して、所期の目的を達成することである。その際、最も大切なことは、説得力である。――人は、ひとたび説得を受け入れると、そのことに対して盲目となって突進する。 (第二王朝初期の貴族政治家) 黄金色の船体が、一瞬の輝きを放って発ワープ・ステーショ...
2018.06.01 11:33『天使の翼』第8章(66) その後すぐ、科学捜査班の一団が、見たこともない程大量の機材と共に、この『天国』への控えの間に雪崩のごとく入室してきた。 そもそも、戦艦の搭乗人員は千人単位だから、既に、このスカルラッティの離宮は、虫一匹逃さぬ配置で制圧されているのだろう。この前代未聞のスキャンダルは、スキャンダルにはならずに終わる。シャルルに聞かなくとも分かるけれど、おそらく公式には、全く別の形で――たとえば、スカルラッティの急...
2018.05.12 09:52『天使の翼』第8章(65) グリンフィールド査察官は、駄目を押した―― 「私は、准大公である。そこに跪け!」 ――査察官は、通例、調査対象以上の爵位を有している。 そして、グリンフィールドは、位階呈示装置を作動させた――右手の平を体の前にかざして、「ハー」と静かに息を吐いたのだ。 右手の前の何もない空間に、鮮やかな金文字がきらきらと浮かび出た。 『GRAND DUKE』―― 1WOPの疑念もなかった。 まだ一度も使ってない...
2018.05.03 08:57『天使の翼』第8章(64) 次の瞬間、わたしの首筋を吹き抜ける風圧と共に、暴力的な勢いで、相当の重量物が跳ね倒されるような音が轟いた。 思わず首をすくめていたわたしは、振り返って、薄れていく爆煙の向こうに仄暗い廊下を見た。それは、扉が吹き飛ばされて、ぽっかりと開いた空間だった。 記憶の中の時間は引き延ばされているが、実際には、間髪をおかず、雷光のごとく男達がなだれ込んできた。 『快楽』を突然中断させられ、二人そろって口をあ...
2018.04.28 12:26『天使の翼』第8章(63) 「……われわれの技術も長足の進歩を遂げたものだな」 多くの犠牲者が聞かされたに違いない、獣たちの会話が続いた。 「全くです、猊下」 「最初は――」 「最初は、そう、生身の体をただ保存液に漬けるだけでした……」 修道僧の視線が、一瞬遠くを見る目付きになった。 「そうだった」 「どうしても体色が保存できず、皮膚の状態もツヤを失って、結局最後には腐ってしまった……」 「まさか捨てるのを手伝わされるとは...
2018.04.20 13:01『天使の翼』第8章(62) 「おやおや、大司教様の面前で汚物を撒き散らすとは……じゃが、これで手間が省けたというものだ――胃の中を空にするのは、わしの一番嫌いな工程だで」 いつの間にか、あの修道僧が傍らにいた。 見ると、まるで屠殺場の係りにでも扮装したかのように、白いゴムの前垂れ、手袋、長靴ですっかり体を防護して……いや、いや、扮装などではない、まさにそうなのだ…… 修道僧は、手にしたホースの高圧水を噴射して、わたしが拘束...
2018.04.13 11:18『天使の翼』第8章(61) 『人間の標本』、としか言いようがなかった。 何故か、昔入ったことのあるアナトミカの博物館のことを思い出した。 スカルラッティが、再び咳払いした。満悦の表情で―― 「声を聞かしてあげよう」 わたしが、麻痺した頭でその意味を理解する前に、スカルラッティの指がコンソールの上を走って、次の瞬間、わたし達の頭上のスピーカーから、情感に訴えるソプラノ・リリコの歌声が降ってきた。 束の間スピーカーを見上げ、か...
2018.04.07 12:27『天使の翼』第8章(60) まぶたを通して、部屋の明かりが落とされたのが分かる。 シャッターが上がっていく音がする。微かにきしむ音を立てながら…… シャルルが、『ほっ』と息を呑んで、声にならない叫びを上げた。 思わず、わたしは、目を開いた。 シャッターの向こうは、一面のガラスで、その向こうの空間は、暗くてよく見えないながらも、キャビネットどころの話ではなく競技会場ほどもの広さがありそうだった。はめ込みのガラスの左右から円弧...
2018.03.31 13:26『天使の翼』第8章(59) 頭の中に嫌でも見たくないイメージが浮かび上がってくる――多くの女性たちの遺髪、そして彼女らの声の録音が、整然と収納された……死の蒐集キャビネット…… わたしの視線を感じたのか、スカルラッティが頷きかけてきた。 「妹に会いたいかね?」 わたしは、そして、たぶんシャルルも、ごくりと唾を飲み込んだ。 「チャールズ、お前には、最後に一目カレンと逢わせてやろう」 スカルラッティとの会話についていくのは容易...
2018.03.23 12:21『天使の翼』第8章(58) わたしの唖然とした表情をどう受け止めたのか、スカルラッティが言葉を継いだ。 「シャンタルに聞く――」 わたしは、突然、名前――偽名だが――を言われてぎょっとした。と、同時に気付く――わたしがデイテだとは気付いていない! 「――歌に出てきた妹の名を言いなさい」 スカルラッティは、わたし達の投げた餌に喰らいついていた――咽喉の奥まで…… 「ノブゴラードのカレンです、大司教様」 わたしは、男爵のリスト...
2018.03.16 13:50『天使の翼』第8章(57) わたしは、自分が透明人間になったように感じ、そのことの意味するものに、なすすべのない恐怖を覚えた――スカルラッティにとって、わたしは、もう死んでいるも同然だった。 スカルラッティは、やおらわたしに体を寄せてきた。 腕を上げ、わたしの頬に指先を触れようと…… わたしは、悲鳴を上げそうになった―― と、スカルラッティの顔の表情が細波の走るように動いて、その指先が、わたしの瞳の直前まで来て止まった。 ...
2018.03.09 11:37『天使の翼』第8章(56) 次に何が起こるか待ち構える間もなく、何かが作動する電気の音、そして何か重たいものがスライドするような音がした。スーと冷たい風が吹き込んできて、背後のドアーが開いたと知れた。 眩しいなどとは言ってられず、上半身と首の動かせる限り後ろを顧みる。 音もなく滑るように人影が動いて、わたし達の前に回り込んできた。 スカルラッティだった――やはり、という思いよりも、分かっていながらこんな事態に陥ってしまった...