『天使の翼』第8章(66)

 その後すぐ、科学捜査班の一団が、見たこともない程大量の機材と共に、この『天国』への控えの間に雪崩のごとく入室してきた。
 そもそも、戦艦の搭乗人員は千人単位だから、既に、このスカルラッティの離宮は、虫一匹逃さぬ配置で制圧されているのだろう。この前代未聞のスキャンダルは、スキャンダルにはならずに終わる。シャルルに聞かなくとも分かるけれど、おそらく公式には、全く別の形で――たとえば、スカルラッティの急病による引退――発表されるはずだ。帝国宰相がサイコ・キラーであったなどと認めることは、政治的に不可能だ……
 捜査官の一人が、『天国』のコンソールを分解し、秘められた暗号を解読した。ガラス張りの壁面が、恐ろしく重そうなのにもかかわらず、スルスルとスムーズに天井の溝の中へとずり上がっていき、今や、『天国』は、崩壊への助走を滑り出した――『地獄』の実相を白日の下にさらすために……
 わたしは、シャルルの視線を感じて振り返った。
 暗黙の問いかけ――
 ……
 しばしの後、わたしは、シャルルの顔をじっと見て、首を横に振った。
 シャルルは、小さく頷いて、わたしの手をとった。
 ――変わり果てた母の姿を見ることは、わたしにはできない。母だって、そんなことは望んでないはずだ――仮に文字通り母に生き写しの『物体』があったとしても、そこには、もう……いや、最初から『母』は存在していない。そのような物体には、写真ほどの精神的価値も存しない。実際のところ両親の身に何が起きたのか、後で調書を見せてもらえれば、それでいい……


                                ( 第8章 完 )