『天使の翼』第9章(1)

 政治とは、より多くの情報を収集し、隠匿して、その情報のごく一部を、特定の人物、集団に発信・誘導して、所期の目的を達成することである。その際、最も大切なことは、説得力である。――人は、ひとたび説得を受け入れると、そのことに対して盲目となって突進する。

                                 (第二王朝初期の貴族政治家)



 黄金色の船体が、一瞬の輝きを放って発ワープ・ステーションのリングを通過し、ワーム・ホールを無窮の彼方へと疾駆しだしてから、船内時間で既に三日も経ったろうか。
 いつものように、わたしは、超空間航法の間もさして睡魔に襲われるようなこともなく、物思いに耽っていたけれど、作詞作曲にいそしんでいた訳では、もちろんない。
 ――余りに考えることが多過ぎ、心の整理が追いつかない……もっとも、今回は、そのための時間は、十分にありそうだった。
 サンス大公国の領域直前まで、55、000光年以上を、ノンストップで飛ぶのだ!
 わたしとシャルルは、事件の後、本国へ一時帰国する大使フラージュ伯爵のスペース・クルーザーに便乗していた。不本意ながら、彼の前に膝を屈して、請願したのだ。
 伯爵は、本心では、脈がないと思っていたに違いないわたしの低姿勢に、満面の笑みを浮かべた――まったく!

 でも、これで、サンスへの越境が何の問題もなくなった。
 わたしの旅は、天使の翼という重大な任務を帯びつつも、常に家族の問題をはらみながら、それでいて、それが、最終的なサンス入国へと結び付いてきた……
 わたしの頭の中で、辺境にケインという名のギターの使い手がいるという話――その顔と、すっかりパトロン気取りのきざな伯爵の顔が、振り子のように交錯する……もちろん、精神的な厚みの全く感じられない、身分を鼻にかけた、それでいて、悪知恵だけは働きそうな……おまけに好色な伯爵は、大嫌いだ。どうやって誘いをかわそうか、と考えると、心底憂鬱になる……
 ……しかし、今は、そのことよりも――
 今回の事件には、誰にも予想すらできなかった結末――最後にもう一つのエンディングが待っていたことから話さなくてはなるまい。
 宰相スカルラッティは、暗殺された。
 あの事件の喧騒のさなか、それは、一瞬の出来事だったという。
 陰鬱な聖堂を出て、兵員輸送エアカーに乗せようという、護送途中のことだった。音もなく飛んできたニードル・ガンの一撃で心臓を貫かれたスカルラッティは、その刹那目を剥いて、そのままあっけなく事切れた。……後々のことを考えるなら、スカルラッティにとっては、かえってその方が幸せだったと言うべきか。

 武器が武器なだけに――静音性にすぐれ、ありふれていて、しかも、危険――、何の証拠もなく、唯一の手掛かりとして、現場近くを走り去る髪の長い女――それとも男か――の後姿が目撃されている……。なんとも頼りないことだ。