『天使の翼』第8章(58)

 わたしの唖然とした表情をどう受け止めたのか、スカルラッティが言葉を継いだ。
 「シャンタルに聞く――」
 わたしは、突然、名前――偽名だが――を言われてぎょっとした。と、同時に気付く――わたしがデイテだとは気付いていない!
 「――歌に出てきた妹の名を言いなさい」
 スカルラッティは、わたし達の投げた餌に喰らいついていた――咽喉の奥まで……
 「ノブゴラードのカレンです、大司教様」
 わたしは、男爵のリストからシャルルの選んだ――祭りで歌った歌の条件に合う――女性吟遊詩人の通り名を口にした。
 「カレン!おお、カレンか!」
 当たりだった。比較的最近の事例だったからかも知れないが、間髪を入れずに答えが返ってきた。
 「――麗しのプラチナ・ブロンド!彼女の声は、素晴らしいソプラノ・リリコだ!」
 ……ソプラノ・リリコ、とは、叙情的な声質をさす……
 わたしは、あることに気付いた。スカルラッティは、『素晴らしいソプラノ・リリコだ!』と、現在形で、今でもまだカレンの声が聞けるかのように表現した――まさか、生きている……それと、プラチナ・ブロンド――まるで、スカルラッティは、髪の色と声の質で吟遊詩人を分類しているような……連続殺人者の蒐集する記念品の分類法のようではないか……社会病質者に限らず、人は、物を集めると、分類整理したくなるものだ……そうすることによって、ますます蒐集への欲望が掻き立てられるということもある……

 わたしは、改めて部屋の前方、間口いっぱいに下りているシャッターを無言で睨んだ……