『天使の翼』第8章(57)
わたしは、自分が透明人間になったように感じ、そのことの意味するものに、なすすべのない恐怖を覚えた――スカルラッティにとって、わたしは、もう死んでいるも同然だった。
スカルラッティは、やおらわたしに体を寄せてきた。
腕を上げ、わたしの頬に指先を触れようと……
わたしは、悲鳴を上げそうになった――
と、スカルラッティの顔の表情が細波の走るように動いて、その指先が、わたしの瞳の直前まで来て止まった。
「歌のことがあった……」
「……」
「チャールズ、と言ったかな」
「大司教様?」
シャルルが、はっきりとした声音で言った――まるで、スカルラッティの人間としての意識――そんなものが残っているとしての話だけれど――を、何とか繋ぎとめようとでもするように……
「うむ――」
それが功を奏したのかどうか、スカルラッティは、満足げに頷いた。
「――この処理室は――」
『処理室』!――スカルラッティは、平然と言ってのけた。
「――最期の告解室だ」
そこで、スカルラッティは、わたし達の眼前いっぱいを閉ざしているシャッターの方に、サッと腕を振って見せた。
「天国へ行く前のな」
この時、わたしの心の中で、恐怖という名のメーターの針が振り切れた――この常軌を逸した状況は、わたしにとって、恐怖という感情の識閾をはるかに超えていた。
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