『天使の翼』第5章(76)
深さ400標準メートルのことだけはあって、ほとんど底なしといってよかったが、見かけの大きさは硬貨程の円形に、無数の明かりが群がって、竪穴の底と知れた……
「このウインチは、ABC社のウインチだ――」
驚異の光景に、しばし恐ろしさも忘れて見入っていたわたしの耳朶に、いきなり大好きなエア・バイクメーカーの名が飛び込んできた。シャルルが、ウインチのチェックをしているのだ。……束の間、わたしの脳裡に、ダイアンとシャルルが仲良くわたしの悪口を言っているイメージが浮かんだ――わたしは、とっさに気持ちを引き締めた。ストレスに長い間晒されていると、心の力が弱って、ともすれば物事をネガティブに捉えてしまったり、ありもしないことを想像して思い悩んでみたりするものだ……
「――ワイヤーも、ワイヤーの接続部分も、強力な合金でできている……製造年の刻印もはっきりしている――合金の耐用年数をはるかに下回っている……しかも、ワイヤーの傷の検知装置付きだ。延長500標準メートル。リモート・コントロール・パネル……これで試してみよう」
シャルルがあまりあっさりと言うので、ウインチを購入した本人であるわたしは、不安に駆られて口走っていた――
「まず、何か――人間位の重さのある岩か何かでテストしてみないと……」
「もちろんだよ。前にもこの手の機械は使ったことがある」
そう言って、シャルルは、わたしだけに分かるよう小さく頷いた。
それは、暗に、査察官としての訓練の課程か何かで『使ったことがある』と言っているように思えた……高所からの降下訓練?……
シャルルは、手馴れた様子でウインチを岩の縁の方へ押し出し、レーザー誘導式固定装置、と記されたわたしには意味不明のボタンを押した――
バン!――
――そういう仕掛けになっているとは知らないわたしとダイアンは、突然の爆発音に飛び上がった。周りにいる隊商たちがニヤニヤしながら見ていた。

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