『天使の翼』第5章(70)

 とてものことに、逃走の際の細かい動きまでは表現できないが、妙に生々しく覚えているのは、洞窟隊商路は、命の危険、あるいは、長期の足止めを喰らって商品価値が下落することを恐れた幾多の隊商で、ほとんどパニック状態だったから、全く別の意味で恐慌状態に陥っていたわたし達をいぶかる者は、誰もいなかった、ということだ。理由や目的を別とすれば、誰もが先を急ぎ、先を争っていた。この大混乱の中で、わたし達を捕捉することなど不可能のように思えるが、わたしとシャルルが謎の有力者のダーク・サイドの手下と見る、若い男女の二人組みは、宇宙空間で見せたのと同じ残忍さでもって、わたし達のことを執拗に追ってきた――彼らは、あまりの雑踏に、しばらくの間は躊躇っていたようだが、ついには、人の命など、一人ひとりの人格のことなど全く顧慮することなく、再びニードル・ガンを乱射しだした。わたし達の周囲で、何人もの無垢の人達が、音もなくいきなり服を貫き、肉体に突き入ってくる針に、悲鳴をあげ、倒れていった……
 ついに、幼い一人の女の子が、がばと岩の路面に倒れたとき、シャルルが、決然とした表情で立ち止まり、わたしとダイアンを振り返った。
 「君たちは行くんだ」
 「シャルル!」
 「僕たちのために、無実の人々の命が危険にさらされている。僕は……たとえ何があろうとも、これ以上先へは行けない。――あの犯罪者たちと闘う」

 「わたしも残ります」
 「駄目だ」
 シャルルは、わたしの両腕をぎゅっと摑んで、わたしの目をじっと見詰めた。そして、声を落とし、わたしの耳元に――
 「君には大切な、かけがえのない使命がある。僕がいなくても大勢に影響はない。でも、君の代わりはいない。君は、銀河帝国全市民の希望の架け橋だ」
 「そ、そんな……」
 わたしは、胸がつまった。