『天使の翼』第5章(36)

 「……それに、ここら辺は、何もないように見えても、実のところは、隊商の十字路だ。すべての道が、大山脈に囲まれた盆地に通ずる唯一の道――つまり、この洞窟隊商路に集まってくるって訳さ……」
 「つまり、追い剥ぎが出るってことかい?」
 「兄さん、勘が鋭いね。ここら辺は、山賊のメッカだ――何しろ世間知らずの餌食がいっぱい通るからね。……でも、ここを通らなきゃ、男爵様の城下には行けないって事――」
 「ってことは、この洞窟隊商路を行けば、レプゴウ男爵に会いに行けるんだね?」
 「決まってるだろ……」
 老関守は、改めてわたし達の風体を見回した。
 「お前さんら、吟遊詩人かね?」
 「さっき言ったじゃないか!」
 「そうだった……男爵様のところで歌うのか?」
 「いや……」
 シャルルは、慎重に言葉を選んでいた。
 「……城下町で一旗揚げれば、男爵様のお目に留まるかと思ったのさ」

 「いやいや……。確かに男爵様は歌がお好きだ……でも、本当にお城に呼ばれるようなことになったら、なるべく近くには寄らんほうが――」
 「なんだって?」
 シャルルとわたしは、顔を見合わせた。――ICS社の社員が、レプゴウ男爵の招待状を汚いものでも見るように触りたがらなかったのを思い出した……。何か具体的な理由があるとしか思えなかった。しかし、老関守は、まずいことに触れたと思ったのか、わたし達を、洞窟の中へと追い立てた。
 「さあさ、わしは、忙しいんじゃ。ここを早く閉めんと、ロック・タイガーだの山賊だのが入ってきちまうじゃないか……雨水が逆流してきても困るんじゃ」