『天使の翼』第5章(9)

 こうして、わたし達は、短い滞在を切り上げて、再び、ポート・シルキーズ宇宙港に戻ってきた。
 折り悪しく、ホテルをチェックアウトし、ポート・シルキーズを後にする観光客の波で、宇宙港のターミナルビルは、雑踏をきわめていた――うんざり――でも、インペリアル・キャピタル航宙会社は、わたしの記憶では、超高級な、リムジン・スペース・シップを運航していることで有名な会社だ……はたして、ICS社の受付カウンターは、高級既製服(プレタポルテ)のブランド・ショップのように、そこだけ、厳かな静寂に包まれて、時折訪れる乗客をスムーズに吸い込んでいく。一般乗客向けの長蛇の列とは無縁だった。
 あきらかに吟遊詩人と分かるわたしとシャルルは、ちょっと気後れを感じながら、受付嬢の前へ行き、レプゴウ男爵の名を告げた。
 その受付嬢は、よほど教育ができているのか、それとも、自身で学習したのか、わたし達の外見に対して何ら悪い反応を示すことなく、100%の笑顔で応対してくれ、レプゴウ男爵の名を聞くや、素早く他の担当と入れ替わって、わたし達を、応接ブースに案内してくれた。
 わたしとシャルルは、ソファーに腰をおろして顔を見合わせた。

 間をおかず、コーヒー……本物だ――が運ばれてくる。
 「大歓迎だね」
 「……まさかチャーター便を仕立ててくれるわけじゃ――」
 そこへ、ICS社の男性社員が入ってきた。
 「ようこそ、インペリアル・キャピタルへ。お客様、誠に恐れ入りますが、確認のために、お二人のお名前をお聞かせいただけますか」
 「デイテとシャルルよ」
 「結構です。それでは、レプゴウ男爵からの招待状をお見せいただけますか?」
 シャルルが、重いからといって自分のバックに移していた赤黒い岩の招待状を取り出して、男性社員に渡そうとした――男性社員は、赤黒い色を認めた瞬間、身を引くようにして、両掌を前に出した――拒絶のジェスチャーだ……
 「結構です。ますます結構……赤黒い色は、レプゴウ男爵家の紋章の色です」
 わたしは、シャルルと視線を交わした。赤黒い色の意味が、あっさりと分かったからではない……ICS社の社員は、まるで汚いものでも見るように、招待状に触りたがらなかった――気のせいだろうか……
 「これでお二人の確認ができました。レプゴウ男爵領ミロルダ星までは、定期直行便はございません。迂回する便はありますが、三ヶ所も経由地があって大変不便です。そこで、宮内長官閣下からは、チャーター便を仕立てるよう仰せ付かっております……急なことなのでまだ準備ができておりませんが、今から標準時2時間後以降なら、いつでもご搭乗いただけます。いかがいたしましょうか?」

 わたしは、シャルルの顔を見た。――彼は頷いた。
 「かまいません。二時間後に出発させていただきます」