『天使の翼』第5章(10)

 わたしとシャルルは、そのままICS社の応接ブースで待つことは遠慮して、ターミナル・ビルの屋上に出た。
 海からの風が心地よく、わたしは、束の間の解放感を覚えた。
 屋上はフリー・スペースで、街頭芸人の稼ぎの場でもある――そこかしこで人だかりがしているのはそれだ……
 わたしとシャルルは、お互いに打ち合わせるでもなく、自然と、「やってみようか」という態勢になった。
 シャルルは、自分のバックの他に、ちゃんとギター・ケースを持参してきていた。シャルルは、ぎこちない所など微塵も見せずに、さらりとギターを取り出すと、その繊細な指で弦を爪弾いた……わたしは、その音色にうっとりとした――ソフトなのに、目から鼻に抜けるようにクリアーな音だ……その音は、場合によっては、ぐっとウエットにもホットにもなれそうだった……
 便待ちの家族連れ二組と、奇抜なファッションのアベック一組がわたし達の前を囲んだところで、わたしは、シャルルに合図を送った――シャルルには、恋の歌でいくことをあらかじめ耳打ちしてあった――

 

 僕は悲嘆に暮れている――
 ――何故こんなことになってしまったのか?
 彼女に嫌われてしまった……
 彼女に好かれようと思って余計なことをしてしまったんだ
 ……タイミングも悪かった
 彼女に、僕の真意は伝わっていない……
 ……それとも、こんなことは考えたくないけど……
 僕の気持ちを知った彼女の心に
  僕に対する拒否反応が起きてしまったのか?
 何もしなければ友達でいられたのに……
 僕の心は、あからさまな彼女の拒絶にあって、
  粉々に砕け散る
 どうしよう……
 どうしよう――
 どうしよう?
 ……心の中は空っぽのまま、誰も答えを囁いてくれない……

 一つだけ確かなことは、これ以上何かしても、
  ますます彼女に嫌われるということだけ――
 弁解や言い訳は、見苦しいだけ――
 僕は心を決める
 ――普段通り明るく振る舞おう……何事もなかったように……
 ――彼女を失った心の孤独は、心の中にしまっておく
    ……顔には出さずに……
 ――彼女にはすっかり嫌われてしまった
    ……が、僕の彼女への気持ちに変わりはない……
 これで僕も、失恋男の仲間入りだ
 ――失恋男は、愚痴をこぼさず、孤独を心に秘めて日々を暮らす
 ――希望だけは失わずに
 希望――それは、恋する男の、昔からの幼馴染……