『天使の翼』第4章(15)

 わたしは、歌い終わり、ギターをそっとおろした。
 会場は、しんと静まり返っている。
 心の時計は、現実の時間と異なり、どの位沈黙が続いたか分からない。――たとえて言えば、ミュージック・ソフトを聴く時、ソフトの終りの方になって一曲終わった後、それがそのソフトの最後の一曲なのか分からずに、次の音を待つような心境だ……
 そして、次の音はやってきた――
 数人の客が、互いに待っていたとばかりに立ち上がり、ゆっくりと、そして徐々にピッチを上げて、拍手を送ってくれた……それは、やがて会場いっぱいの万雷の拍手となって、シャワーのようにわたしの全身に降り注いできた――。大人も子供も――小さな子供に歌詞の本当の意味が分かったかは別として――ほとんど皆が立ち上がっている。
 わたしは、素直に嬉しかった。
 薄化粧の飾り気のない無名の吟遊詩人が、その本領を発揮して、即興で歌った歌が、観衆の心を捉えたのだ……むろん、歌というパフォーマンスには、歌を歌うわたし自身の姿――恥も外聞もない、ひたすら歌に打ち込む姿も含まれている。わたしの場合は、クリプトンと違って、なるべく素顔に近い、親しみやすい姿を心掛けているのだが……

 少なくともわたしは、とっさに「本当の気持ち」とタイトルを付けたこの歌に、技巧的なものや、あざとい仕掛けは何も持ち込まなかったつもりだ。強いて言えば、ポート・シルキーズというリゾートで、人々が最も心にかけ期待する、ロマンスを題材に選んだことぐらいだろうか……
 男性からすれば、だれもが経験のある心の動きをそのまま歌にしてあり、女性にとっては、あなたの身近に、あなたを恋焦がれている男性がいるかも知れないと伝えている……わたしは、鳴りやまない拍手の中で、この歌を自分の持ち歌の一つに付け加えることを決めた。
 わたしは、両腕をいっぱいに広げて立ち上がり、観衆の歓喜の声に答えた。
 歌は、心の扉を開くことができる。今が、まさにその状態だ。
 わたしを見詰める人々の、喜びに満ちた顔、顔、顔……
 その、すべてを忘れてわたしの歌に酔いしれてくれた、人々の無心な顔を見て、わたしは、思った――この人達の歌い手デイテに対する期待を裏切ってはいけない。
 ――わたしは、有頂天にならぬよう自分を戒めた。チラと、わたしからは見えない貴賓席のクリプトンに、思いを馳せはしたが……
 わたしは、手のひらを下に向けて数回打ち下ろし、次いで、宇宙共通の静粛を求めるジェスチャー――人さし指を鼻の前に立てて、会場の静まるのを待った……

 頃合を見て――
 「みんな、ありがとう!」
 わたしは、素直に自然とこの言葉を口にしたのだが、ここでまた歓声が上がってしまい、思わず苦笑してしまった。