『天使の翼』第8章(44)

 「今日、二度もお会いできて光栄です――」
 そう語尾を引くようなサンス訛りで言って、大使は、止める間もなく、身をかがめ、手の甲、指の付け根の辺りに口付けしてきた。思わずぞくりとしてしまい、わたしは、悔しくて顔が赤くなるのを必死にこらえた。
 (誤解させてたまるもんですか!この男、なんてナルシストなの!)
 もし、これが当事者でなくて、ドラマか何かを見ていたのだったら、吹き出していたかも知れないが、わたしは、このような形でのわたしの体への支配権の主張は断じて認めない……が……
 (しかし――)
 しかし、今は、サンスへのコネを確実なものにしなくては……
 わたしは、よく見れば作り笑いと分かる――たぶん、ナルシストの大使殿には分からない――、取って置きの笑みを浮かべて見せた。
 その場にいた男たちの顔の上を、ある種の表情という名のさざ波が走った――
 大使殿の瞳が微かに潤み――
 シャルルがそわそわとして――
 スカルラッティの顔が引き攣った――
 その他の男たちの顔は、総じて妬ましげだ。
 結果としては、これは良かったのかも知れない――わたしに執着のあるスカルラッティの行動を急かせた、という意味で……