『天使の翼』第8章(26)

 シャルルが、大きく息を吸い込んだ――
   
   詩人にとって
   詩を歌うのは
   喜びの最たるもの――
 

 そこで、彼は、腕を広げ、天を仰ぐようにした。――シャルルったら、歌うだけでなくパフォーマンスまで……会場の人々は、うっとりとシャルルの姿を見ている――それは、わたしのギターの音色、シャルルの歌う様子、そして、何よりも、シャルルの声質ではなかろうか……改めて聞くシャルルの声は、低声域から高声域までとても幅広く、そして、透き通っているのだけれど、よく通った……
   
   その日、その時、その場にいた人に
    自分の歌を披露する
   だから――
   だから、吟遊詩人にとって、歌の修行は、
    家の中に、家族の中にとどまってするものではない
   詩人は、巡礼の旅に出る
   詩人にとって、旅は、

    修練の場であって、
    同時に、無限の喜び――
   歌という名の船に乗って、宇宙を渡る
 

 そこで、わたしは、ギターをクレッシェンドさせ、最初の主題を力強く発展させた。詩に起承転結があるとすれば、今シャルルの歌った部分は、明らかに『起』の部分で、伴奏によって区切りを付けるべきだったし、来るべき緊張感を際立たせるためにも、ここは何の不安も感じさせない旋律を奏でるべきだった……
 わたしは、一区切り付け、シャルルと視線を合わせた。
 
   僕の唯一人の妹――愛らしく、
    そして、美しく育った……
   僕の唯一人の妹
    彼女を一人巡礼の旅に送り出して
    すでに過ぎ去った歳月は、
    幾年になるだろうか……
   別れの日にひしと抱きしめた妹の
    細く柔らかい肩

    かぐわしい髪の感触
    僕の顔を映した熱い瞳……
   少し震えていた妹の
    はかなくやせた体を思い出す……
 

 ここで、わたしは、いったん弦を押さえて音を止め、ついで、曲調を短調に変えて、おどろおどろしいまでに不安をかきたてる旋律を奏でた。わたしは、ギターの技量を駆使して、最大限の効果を出すつもりだった。シャルルも、悲愴な面持ちで下を俯き、会場のことなどすっかり忘れたかのようだ……演技、というよりは、すっかりなりきっている……わたしも、いつの間にか没頭していた。