『天使の翼』第6章(6)
(それでは、この方が……)
わたしは、漠然と、もっと年配の男性を想像していたのだ。
わたしは、シャルルと顔を見合わせ、儀礼上、再度席を立とうとして、再び、男爵に止められた。
それにしても、彼の声、決して大きな声ではないが、よく通る、そよ風のような澄んだテナー……わたしは、男爵から目が離せない。
若き男爵は、わたし達の遭った災難――彼の理解している範囲での災難に対してこちらが恐縮するほどの同情と侘びを示された後、わたしとシャルルを交互に見やりながら語を継いだ――
「悪い噂をお聞きで、それが心に引っ掛かっておられるといけないので、最初に申しあげておきます――」
わたしは、シャルルと顔を見合わせずにはいられなかった。ICS社の社員が、汚染されたものでも見るように男爵家の招待状を退けた時から気になっていたことが、早くも話題に上ろうとしている……
「わたくしのこの足、筋肉の退化する病で、もう三年ほど前から動かせなくなっています」
「……」
「父も同じ病が全身に回って、二年前に亡くなりました――」
(それでは、もう、レプゴウ・シニアからは話が聞けないのだ……)
「わたくしが男爵のタイトルを継いだのは、その時です。そして、同じ病の者が、わたくしの宮廷に六人いる――それが、噂の発端となりました――宮中にはやり病が、という訳です」
「……」
「ところが、――お二人の姿を見て、お二人には本当のことを話しても良いと直感したのですが――この病にかかっている者は皆、同一の人物を五、六代前に持つ、レプゴウ男爵家の特定の流れに連なる者達なのです。もうお分かりと思うが、ようやく一年ほど前になって、この病が遺伝病――きわめて特殊な遺伝病であることが分かりました。伝染性のない病気だということを発表したくても、男爵家にそのような形質が代々受け継がれていると公表もできない、ということです――」
なるほど、そういうことだったのか……

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