『天使の翼』第6章(7)

 「したがって、一つには、誰がこの病に――進行の段階に差こそあれ罹患しているか、厳重な緘口令が布かれています。そして、二つには、既に遺伝子治療が進んでいて、遅かれ早かれ、わたくしも含めて、皆完治することでしょう。――今さえしのげば、噂は立ち消えとなるのです」
 若き男爵の話は理路整然としていて、どこかシャルルを思わせる……
 シャルルが、恭しく一礼して、男爵に問いかけた。
 「今のお話、姉ともども、決して他言はいたしますまい。一つだけお聞きします。殿下のポート・シルキーズ大使もこの病に?」
 若き男爵は、頷いた。
 「大使は、わたくしの叔父、父の弟です」
 シャルルは、深く頷いた。
 「大変失礼なことをお聞きしました。私達がポート・シルキーズの次にこの地に来ることになった経緯には、少なからぬ疑問があったものですから」
 『少なからぬ疑問』――シャルルが、巧みに話題の種を蒔いた。もちろん、男爵は深い事情を知らないから、シャルルのこの言葉を、わたし達の関心とは別の意味に捉えた。かすかな笑みを浮かべて――

 「叔父は、わたくしが父におとらず、幼少のころより歌の大好きなことを知っていて、変に気を回したのです――歩行のままならない体をあなた方の前に見せて、あなた方がミロルダ行きを考え直しはしないかと……」
 ……レプゴウ・シニアは既に亡き人となっていたが、昔から歌に関心があったというなら、この若者から何か聴き出せるかも知れない……