2016.02.17 15:43『天使の翼』第2章(6) 「陛下。サンス大公は、事実そのような男なのですか?」 皇帝は、再び視線をわたしの方へ向け―― 「保護国省の大使、副大公、大使館に送り込んだ心理学者……多くの報告、情報を、情報総省の分析官がプロファイルした――」 「……」 「その中の短い一節は興味深いぞ。『当該人には、他人の痛みは、何の重みももっていない』……」 ……つまり、間単に踏みにじるということだ。目的の為には、それが欲望のためであれ何...
2016.02.15 10:48『天使の翼』第2章(5) 皇帝は、天を仰いでしゃがれた声を発した。その老いと病に侵されてなお力強い顔には、苦々しい怒りと、そして、明らかな恐れの表情が浮かんでいた。 そのような皇帝の表情を見たことのないわたしの心は、たちまち恐怖の冷たい手で鷲摑みにされた。――ただ事ではない何かが起きているのだ。賢帝と言われる現皇帝でさえ、処置を誤れば、銀河の安全保障を揺るがすことになるような…… 「サンス大公国で、わが方の諜報部員・情報...
2016.02.15 10:33『天使の翼』第2章(4) 気付いた時には、クレイヴスは、奥の扉口から消えていくところで、わたしは、ガランとした室内に一人取り残された。 改めて広間を見回すと、一番暗い部屋の中央に、木製の質素な椅子が二脚置いてある。 ほどなくして皇帝が入ってきた。一人だ…… わたしは、動きが優雅になり過ぎないよう気を付けて、膝を折り、片足を後ろに引く辞儀をした。 わたしの視野の隅で、皇帝が大儀そうに椅子に腰を下ろすのが分かった。 「デイテ...
2016.02.12 08:45『天使の翼』第2章(3) それは、白を基調とした、質素だが、きわめて洗練された離宮(ヴィラ)だった。 テラスにいるわたしに吹き寄せてくる風は、潮の香りと、波の音……そして、ほのかな柑橘系の芳香を運んできた。 海は、皓皓たる月の光に照らされた灌木の茂みの向こうに広がっているはずだ。この島は、人を寄せ付けぬ断崖に囲まれているため、水平線は、テラスのこの位置からは見えない…… 庇におおわれたテラスの床には、何本もの列柱の影が、...
2016.02.12 08:25『天使の翼』第2章(2) (親衛隊!) わたしの混乱した心の中に、安堵感という名の液体が一気にほとばしった。皇帝がわたしをさらってどうしようというのだ!少なくとも殺される覚えはない…… (そうだ、きっと、急にわたしの歌を聞きたくなられたのだ……) わたしは、前に一度……いや、二度、皇帝陛下の前で歌ったことがある。――最初は、銀河外縁部のさる公国の国主をもてなす晩餐会の席。終始いかめしい顔を緩めようとしなかった老皇帝は、...
2016.02.11 04:38『天使の翼』第2章(1) ……このように、人類の政治史を紐解くと、受益者に係る個人主義と 全体主義の対立軸、そして、階級構成に係る流動化と固定化 の対立軸、この二つの拮抗する争点が、常に繰り返し繰り返し立ち現れて、その時々の政治の本質を決定づけた。言うまでもなく、究極の全体主義と、階級間の移動が極度に制限された身分制社会が組み合わさった時、そこでは、最も過酷な政治が行われる。そのような蟻のような社会は、しかし、人間の本質...
2016.02.11 03:57『天使の翼』第1章(2) 薄暗い店のフロアーには、十指に満たない止まり木と、それでも七、八ばかりのテーブル席――客はといえば、どう考えても常連というにはありがたくない居眠り客が五人ばかり…… (ここで歌うのか……) 口にしようとした刹那、マスターは―― 「今、客を呼んでくる。……予約客だ」 店の外に出て、がなりだした。 「さあさ、今夜、銀河の歌姫が俺の店に来たぜ!」 重い木の扉がバタンと閉まって、マスターの客引きの声がく...
2016.02.08 09:12『天使の翼』第1章(1) 歴史は、無数の因果関係の織り成す時のタペストリーだ。 ひとたび時の嵐が吹き荒べば、人々の目論見は無残に 打ち砕かれ、無秩序に加速する流れに放り込まれる…… (ある古代地球の歴史学者) わたしは、長年連れ添ってきた旅の伴侶――ギターを肩に、またこの星へと帰ってきた。栄えある銀河帝国第二王朝の首都惑星テラ=アケルナルへと。 この権力と富貴を極め...