『天使の翼』第5章(72)

 間一髪だった……
 ……泡立つ水面に、一人、二人と、不幸にして間に合わなかった人々の遺体が浮かび上がってきた……老若男女を問わない亡骸と一緒に、懸命に荷駄を運んでいた家畜動物の、硬直し、目を剥いた哀れな姿もあった……
 わたし達は、荒い呼吸をついて、その場にへたり込んだ。全身ずぶ濡れで、体重が二倍になったような有様だったが、荷物は、ギターを含めて無事だった。防水バッグは、いつどんな環境下に置かれるか分からない銀河の旅人の期待を裏切らず、貴重な品々を守ってくれた。そして……
 「ダイアン!」
 わたしは、思わず声を上げていた。
 彼女は、何とわたしのあまり見たくない、例のウインチを、ガッチリ握り締めて持って来ていた――
 ダイアンは、わたし達の視線に、初めて自分の運んで来たものに気付いたように、ウインチから手を離した。そして、肩をすくめて見せた。
 わたし達は、追っ手をまくことができたが、それは、あくまで偶然という名の神の力によるものだった。

 ……ようやく呼吸が落ち着き、ふとシャルルの方を見ると、彼がじっとわたしのことを見詰めている……微かな笑みを浮かべて……その微笑は、困惑?諧謔?それとも……
 ――突然、シャルルが右手を振った。
 それにつられて、わたしの左手が上下した――
 「あっ!」
 わたしは、シャルルの手を握りっぱなしだった。慌てて手を引っ込める―― 
 「これで姉弟でなきゃ、お熱いですこと、って言ってあげるんだけど……」
 あぶない、あぶない。わたし達の本当の身分をダイアンに悟らせる訳にはいかない――変な話、そんなことになったら、ダイアンのことを、この使命が終わるまでずっとどこか政府の施設に監禁しておかなくてはならなくなる……