『天使の翼』第5章(67)

 シャルルが、がばと上半身を起こした。
 心配そうに、わたしとダイアンの顔を交互に見る。
 「どうしたんだい?」
 「水が!」 
 わたしとダイアンは、ほとんど口をそろえて叫んでいた。洞窟隊商路の床面が見えるところまで、二人してシャルルの体を引っ張り出した――
 シャルルの顔を見詰めていたわたしには――たぶんダイアンにも――、シャルルの瞳に一瞬にして鋭い光が宿るのが分かった。
 「サイフォンだとまずいな……」
 わたしは、ダイアンと顔を見合わせた。シャルルの口から、現地の人が叫んでいたのと同じ言葉が出た――
 「サイフォンって何なの?」
 「……前に、第一王朝期の洞窟探険家の書いた有名な旅行記を読んだことがある――洞窟をたわんだチューブに譬えるなら、その他と較べて低くなった区間が、完全に水没している状態が、サイフォンだ」
 わたしの頭の中に、なにやら恐ろしいイメージが浮かんできた……

 「……と、いうことは、サイフォンに行き当たると、もう先へは進めないのね?」
 ダイアンが、先に言葉にしてシャルルに聞いた。
 シャルルは、頷いて――
 「アクアラングでもない限りはね。しかも、こういう洞窟のような密閉空間では、水が引くまでに何ヶ月もかかるらしい……」