『天使の翼』第5章(65)

 翌朝――といっても、洞窟の中なので、陽の光でそれと分かったのではない――よく考えたら、わたしのコンピューター・ウォッチも、ポート・シルキーズ時間のまま切り替えていない――普通、時間系の設定は、ワープ・ステーションでその惑星系の時報電波を受信した時に切り替えスイッチを入れなくてはならないのだが、そんな暇はなかった――、ただならぬ喧騒が、わたしの目を覚ました。
 わたし達の陣取る壁龕状の岩の下を、それぞれの民族衣装に身を包んだ隊商が、半ば走るようにして通り過ぎていく……ジャブジャブと音をさせながら……耳慣れた音のようだが、とっさに何の音だか分からない……
 「サイフォン!サイフォン!……」
 何やら叫んでいる者もいる。
 ――わたしは、グッと腕を摑まれた。
 「大変だわ。水が、雨水が洞窟の中に逆流してきている――」
 ダイアンは、岩棚の上から、下を覗き込むようにしていた。
 まだ寝惚けた状態で、半身を起こして下を覗いたわたしは、ぎょっとして完全に目が覚めた。
 それは、ありえないような光景だったが、後にして思えばそれが認識不足だったと分かる。
 深さは2標準センチ?……3センチ?……

 洞窟隊商路の床面を、水がひたひたと流れている……奥へ向かって……
 ――『さあさ、わしは、忙しいんじゃ。ここを早く閉めんと、ロック・タイガーだの山賊だのが入ってきちまうじゃないか……雨水が逆流してきても困るんじゃ』
 老関守の言葉が、わたしの記憶の殻を破ってこだました。まさか本当になるなんて……