『天使の翼』第5章(59)

 「おばあ様の夢は、ワーム・ホールの中でしか見ないんだね?」
 「そうよ」
 「ワーム・ホールは、人間の意識に地震を起こす危険な場だ。聖薬を摂取しないと、記憶喪失になることだってありうる。――おばあ様の夢を見るのが、いつもワーム・ホールの中でだけだったというなら、それは、君の意識の奥深く、潜在意識に植え付けられていた記憶だと考えることができる」
 「……祖母は、わたしと同じ吟遊詩人よ。……古いタイプの吟遊詩人で、謎めいた――自分の身内をそう言うのもなんだけど、謎めいたところの多い女性だった……太古の魔術みたいなものに凝っていて、本物の皮で表装された稀覯本なんかを集めていた……。わたしが見ていた祖母の夢は、普通の記憶や願望に根ざした夢ではなくて、祖母によって、意図的に植え付けられた記憶かもしれない……こんなことを考えたのは初めてだわ」
 「その夢は、いつ頃から見るようになったんだい?」
 「……ずっと昔、子供の頃から……宇宙船に乗る度に……分からないわ」
 「あせらなくていい。心を静めて、記憶の森の中に入っていってごらん……君のおばあ様は、何か理由があって、君の無意識の世界に一つの記憶を残していったんだ。それが何であったのか知る一つの手掛かりは、記憶――無意識の記憶を植えつけられた時期と関係があるはず……。その頃に、何か大きな事件が君の周囲に起きてなかったか?幼い君には直接伝えるのがはばかられるような、重大な情報……」

 わたしの心の中で、カチリ、カチリと、また火花が飛び出した……どんどんそのピッチが早くなっていく!――突然、体の下の地面が穴を開けて、奈落の底に転落していくような目眩に襲われた……
 「お父さんとお母さん!」