『天使の翼』第5章(55)
わたしは、ほっと息を吐いた。気になるのは――
「犯人は、何故そんな足のつきかねないリスクを犯すのかしら」
「一つには、招待状を出すこと自体が、犯人にとって外せない儀式の一部をなしている、ということ。二つには、封書がなくなったことと犠牲者の失踪を結び付けて考えるには、失踪があったという情報が必要だけど、誰かが失踪したのかどうなのか、という情報ほどあやふやで、確定するまでに時間のかかるものはない。まして、この場合、漂泊の吟遊詩人だ。そして、三つには、仮に二つを結び付けて怪しむ人間が出てきたとしても、証拠が消えてしまっていては一歩も先へ進めない……」
あくどい奴だ!
「有力者に至る手掛かりは、ホテルの宿泊名簿、あるいは、バージニア・クリプトンのチケット購入者のリスト、ということになるな……。僕は、今、表向きは特命査察官として秘密捜査に入っていることになっているから、その立場で、査察部の捜査官達にどのような指示でも出すことができる。洞窟隊商路を通り抜けて、ワーム・ホール通信機が使えるようになったら、すぐに、あの時点でポート・シルキーズにいた有力者の洗い出しにかからせる――」
「あなたが通信機を使うと、あなたが今どこにいるか分かってしまうんじゃないの?」
「いや、それは心配ない。僕の使う政府高官用携帯端末には、盗聴防止機能だけでなく位置測定防止機能も搭載されている。そもそも、ワーム・ホール回線を飛ぶ電波の発信源特定は、とても難しいんだ。……ただ、理論的に全く不可能な訳ではないから、君の通信機、GTCの携帯端末については、ちょっと考える必要がある」
わたしは、改めて、自分の携帯端末の使用については、十二分に留意することを約束した。携帯端末には、銀河帝国で生きていく上で欠かせない、マネー機能、そして、何より大切な身分証機能が搭載されているから、スイッチを切ってしまえばいいというものではないのだ。もとより、この使命の旅は、わたし自身のキャラクター――吟遊詩人デイテそのものを隠れ蓑にしているので、堂々と名乗って旅をしており、偽装したり、バージョン・アップしたりした携帯端末を使う、ということは、最初から想定されていない。

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