『天使の翼』第5章(38)
――わたしは、はっとして胸のポケットを探っていた。GTCの携帯端末!……シャルルが電波が通ずるか試しているのを見ていながら、自分の携帯端末のことはすっかり忘れていた。幸いなことに、手の平にすっぽりおさまるそれは、割れもせず、あれだけの事故の後でも全く無傷だった。原子バッテリーも正常で……そこまで考えて、一瞬だが、入口まで戻ってこの端末で外界と連絡を取ることを思った。――どうせ電波の圏外だろうが、よくよく考えたら、うかつにそんなことはできない。わたし達の旅は、あくまで隠密の旅なのだから――特にシャルルと話し合った訳ではないけれど、携帯端末の使用は、必要最低限に抑えるべきだろう――かといって、全く接続を断ってしまっては、わたしの知人の間であらぬ疑念の元となるのは言うまでもない……。わたしは、改めて、自分の携帯端末を使うときは、シャルルの了解を得るべきだと肝に銘じた。一方で、ワーム・ホール回線対応の携帯端末は、使用料金が高額だし、わたしの知人は皆、わたしが巡業の旅に出ている位に思っているからだろう、今のところ煩わしい着信はなかった。あっても、出るつもりはないけど……。ちなみに、わたしの端末は、他のメーカーの機種同様、99・9999%の盗聴防止機能付きだ――シャルルの持っている政府高官用携帯端末の軍事技術を応用した機能には負けるかもしれないが、帝国は、プライバシーの保護に関しては、きわめてかまびすしい社会なのだ……
仮に洞窟の外に出たとしても――わたしは、足元に気をつけながらも、あれこれ思いを巡らしていた――、この山奥に、GTCの地上中継局があるとは思えない。銀河帝国のような巨大国家において、その隅々まで均質な文明程度、行政サービスが保障されるなどということは、およそありえないこと……

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