『天使の翼』第5章(30)

 わたし達は、シャルルの提案で予め防水コートを着込んでいた。
 ……わたしは、シャルルの自信たっぷりの足取りに気付いた。一体どこを目指しているのかしら?地図のない初めての土地で……
 わたしは、ダイアンと顔を見合わせ、シャルルに追いすがった。
 「シャルル!……」
 シャルルは、にやりと笑って振り返った。
 「一体どこを目指しているの、と言いたいんだろ」
 わたしは、呆気にとられて頷いた。
 シャルルは、前方さほど遠くないところにある高所――丘というには高く、山というにはちょっと足りない――を指差した。湿気の割には植生はまばらで、今いる砂地の先は、ステップのような風景と、宇宙からも見えた岩だらけの風景が遠くパッチワークのように広がっていた。
 「こういうときの定石は、まず高いところに登って、周囲を見回すことだ」

 ……なるほど――言われてみれば、当然のこと、でも、ちょっとくやしかったわたしは、意地悪に聞き返した。
 「でも、もうすぐ暗くなるわよ」
 シャルルは、わたしの反発に面食らったような表情を浮かべたけれど、すぐに気を取り直して、明快な答えを投げてよこした。
 「だから、かえって都合がいいんだよ。人家の灯り、町の明かり、何かしら人工の明かりがあれば、そこを次の目標にする……その前に今夜の夜営地を決めなくちゃいけないけどね」
 シャルルの物言いから、努めて明るく振舞おうとしているのが分かる――傍から見れば、ピクニックかキャンプに来ているように見えるかも知れないが、内心では、何とかしてわたし達を引っ張っていこうとしているに違いない。
 わたしは、シャルルに子供っぽく理解のない態度を取ったことを、すぐに後悔した。わたしは、突然投げ込まれた使命達成の旅という状況に、順応できず、情緒不安定になっている……
 わたしは、気付いた時には、シャルルに駆け寄って、その腕に触れていた――
 「ごめんなさい……」
 その時のわたしは、その行為そのものが、明らかに情緒不安定の現れであるということすら、分からなかった。

 「いいんだよ」
 でも、シャルルは、あくまで優しかった。
 「――人は誰でも、心の不安やストレスに勝てない時がある。
そういう時には、心にもないこと、思ってもみないことをしてしまうものだ。でも、僕には、ちゃんと分かっている――君がどういう女性か……本当の君のことが。だから、何も気にしなくていいんだ。
一つひとつ自分の行動を説明する必要も、弁解する必要もない。心配しないで……」
 わたしは、何も言うことができずに、ただ頷いた。