『天使の翼』第5章(28)

 シャルルは、もぐり込んだ時とは逆に、頭から、砂地に落ちるようにして転がり出てきた。彼の服には、所々血糊が……
 わたしとダイアンの虚ろな顔に向かって、彼は、首を横に振って見せた。
 ダイアンは、砂地に膝頭を埋めたまま、小さな嗚咽の声を上げた。
 わたしとシャルルは、ダイアンを囲むように砂地に腰を下ろした……突然の、そして剥き出しの悪意。そして、思いもかけなかった死の到来……ダイアンにとっては、わたし達以上のショックのはず。わたしの虚脱した心の中に、めらめらと怒りの炎が燃え上がり、わたしは、固く拳を握り締めた。
 (こんなことは、許さない!
  こんなことは、許さない!
  許さない!)
 宵闇の迫る、次第に吹き募ってきた風の中、未知の惑星の荒々しい自然の大地に抱かれて、わたしは、自分の心の中で何かが永遠に失われ、別の何かと置き換わってしまうのを感じていた……。失われたもの、それは、何であったか、思い出すことはできても、もう二度と、その感情が心に湧き上がることはない。
 わたしは、人の命の尊厳――これ以上のものは、この世の中にはない――を理解しない、あからさまな暴力の渦巻く世界に、わが身を置くことになったのだ。それは、いつ、どこに敵がいるか分からない、常に危険と隣り合わせの世界だ。
 わたしは、今日というこの瞬間を生涯忘れないだろう……いや、忘れてはならない――争いの世界に身を置く者は、自分の心の変容に敏感でなくてはならない。そうしないと、いつの間にか、悪魔に魂を売り渡して、敵と同じ穴の狢になってしまうから……
 気付くと、シャルルが、ダイアンに腕時計のようなものを手渡していた。
 ダイアンは、自分の受け取ったものが何か分かると、はっとしてシャルルの顔を見上げた。

 「右側のシートにいた航宙士がしていた」
 「航宙時計……」
 ダイアンは、それだけ言って、頑丈な、いまだに時を刻み続けるクロノメーターを胸にうずめた。