『天使の翼』第5章(26)

 豪華なクルーザーの革張りのシートのおかげで、わたしとシャルルは、かすり傷一つ負わなかった。ダイアンは、飛んできた金属片のようなもので、頬に横に走る一直線の傷を描いていた――目の上でなくて良かった……よく日焼けした顔に血の滴る傷口……その精悍な表情に、わたしは何故か胸騒ぎを覚える……
 真っ先に我に返ったのは、ダイアンだった。
 口元をわなわなと震わせ、それ自身一つの生き物であるかのように勝手に動こうとする手指でどうにかシートのベルトを外すと、操縦室へと走った。扉を引こうとするが、いたずらにきしむだけで、びくともしない。扉は開かず、取っ手に力を込めた彼女の体だけが振り動く……
 わたしとシャルルも駆け寄る。
 よく見ると、強化合金のドア枠そのものが捩れかかっており、開こうはずもない。
 ――操縦室の中は、不気味に静まり返っている。操縦装置のアラーム音すら聞こえない。
 「外へ回ろう」
 シャルルが言った。
 ダイアンがハッチへと駆ける。
 一気にハッチの開閉ボタンを操作しようとするダイアン……何を思ったか、シャルルがその腕をつかんだ――
 なにか言おうとして、すぐ彼の顔に失笑が浮かんだ。
 「すまない。大気組成測定器を見るように言おうと思ったんだが、
よく考えたら――」

 そう言って、客室後方の天井を指差した。
 ――もし、大気に問題があれば、わたし達はとっくに呼吸困難におちいっているか、有毒なガスにやられているところだった。それでも、宇宙旅行者の反射神経のなせる業か、わたしは、計器のスイッチを入れてみずにはいられない。独立電源の計器に明かりが灯って、小さなブーンという音を出し始めた……しばし上下を繰り返した針は、目盛の地球型大気の青枠内にぴたりとおさまった。――植民星省の大気地球化プロジェクトは、例によって、その星の生態系との間に、神業にも近い妥協点を見出したようだ。