『天使の翼』第5章(15)
……
ふと見ると、シャルルは、安らかな吐息で寝入っていた……
シャルルの寝顔を見たとたん、わたしの心にも、睡魔のカーテンが下りてきた…………
…………わたしは、祖母の胸に抱かれていた――わたしの感覚は、いつの間にか、わたしの少女時代のそれになっている……祖母に抱かれてエキゾチックなスパイスのような香水の香りに包まれていると、とても気持ちが安らぐ。
ふと祖母の顔を見上げると、祖母は、優しくわたしを見おろして、口をもぐもぐさせている。
わたしの心の一部は、これが見慣れた夢のパターン――いくつもバリエーションがあるけれど――だと意識する。でも、その意識は、すぐ意識下に沈んでいく。わたしは、この夢を見たいのだ――懐かしくもあり、謎めいてもいるこの夢を……
いつものように、わたしは、夢の中で叫んでいた――
「おばあちゃん!声に出して!」
だが、いくら懇願しても、祖母は口をもぐもぐとさせるだけで、声は聞こえてこない。分からない……今日も。
……ひとつの単語を繰り返していると思うんだけど――
!――
最初、それは分からなかった。
驚きが先に来て、わたしの心いっぱいに広がったのだ。
――そして、声が聞こえた。
「ホ・ワ・イ・ト」
なんて単純な……ホ・ワ・イ・ト――
その驚きは、聖薬を摂取してももともと浅いわたしの眠りを揺り覚まして、わたしは、まるでゾンビが息を吹き返すように、目を見開いた。
ホワイト。ホワイト……
本当に「ホワイト」と言ったのかしら?
わたしは、必死に今見たばかりの夢の記憶を探った。……確かに口の形、動きは、「ホワイト」と言っているようにも見える……でも、何故、今になって突然分かったの?本当に?……ただの思い込みではないのかしら……急に、脈絡もなく過去の断片的な記憶が蘇えるように、何の関係もない二つの記憶がショートして連結しただけではないのか?
ホワイト。ホワイト……
あまりにも一般的な、ありふれた言葉……わたしがひそかに期待していた、特別な固有名詞とは、あまりにもかけ離れている……
分からない……
これでは、手掛かりとして、何も知らなかった前の状態と、ほとんど実質的に何も変わらない。そもそも……
そうだ、そもそも、祖母が何かをわたしに伝えようとしている――夢の中でだ!――と仮定しても、それは、一体、何に関する情報なのか?
夢は、結局、夢でしかないのだろうか?
シャルル流に言うなら、これは、前進なのか?それとも、単なる目くらましなのか……
レプゴウ男爵領ミロルダ星域まで900光年、ワープ航法で三日の行程を、わたしは、判然としない気持ちのまま、なかば覚醒し、半ば眠った状態で過ごした。その間、祖母の夢は、二度と見なかった――とても不思議なこと……。シャルルは、ほとんど眠ったままだ……
次にこの船が三次元化した時、わたし達は、サンス大公国から59,400光年の距離に到達しているはず……
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