『天使の翼』第5章(7)
「レプゴウ男爵といえば、何代か前の時代までは、帝国政府の高官を輩出した家系だ。確か保護国省や植民星省といった外地関連の省庁だったと思う。全く未知の貴族という訳でもないけど、……最近は聞かない名前だな」
「歴史には出てくるけど、ニュースには出てこない、って訳ね」
「ハハ、その通りだ。……君も感じたと思うけど、メッセージ自体は、きわめて明快で、なんと言うか、その、好感が持てる――」
「そうね、わたしも、あくまで直感だけど、いい印象を持ったわ」
「でも、まあ、疑問点だけは整理しておこう。――第一に、宮内長官は、『なるべく早くに』と言っていた――何故なのか?」
「わたし達の歌を早く聞きたくて、うずうずしてるのかしら」
シャルルは、肩をすくめた。
「――第二に、これは僕が素人だから聞くんだけど、遠隔の地の貴族からの招待って、そうそうあることなのかい?」
わたしは、微笑んだ。
「わたしの最長記録は、アケルナルから70,000光年よ」
これには、シャルルも驚いたようだ。
「……70,000光年!――われらが銀河系は、直径100,000光年だから……これは、もう、ほとんど銀河縦断じゃないか……」
「ワープ航法でも十日間かかったわ。フロンティアに移封された外様貴族で、つまり保護国の伯爵なんだけど、ものすごい、目の玉の飛び出るような経費をかけて、わたしを招待してくれたの」
「なるほど」
「そうなの。その高額な経費が、かえってわたしを信用させたのね。犯罪行為の元が取れるような額じゃないわ」
「伯国の国主が、そこまでして、間近に君の歌を聞きたかったわけだ……よく考えたら、僕は、まだ君の歌を聞いたことがない」
シャルルは、じっとわたしの目を見詰めて言った。
「――早く、君の歌声を聞いてみたい」
わたしは、彼の顔は直接見ずに、澄ました笑みを浮かべてみせた。大抵の男性は、女性が返事のかわりに笑みを見せると、嬉しい気持ちがすると同時に、不安も感じるものだ。……わたしの心の中の天邪鬼が、ちょっぴりシャルルをじらしてみたかったのだろうか――気付いた時には、返事をするタイミングは失われていた。
シャルルの方をちらと盗み見ると、わたしの思いすごしか、彼は、寂しそうな顔を海の方へ向けていた――女性の笑みは、その使われ方次第で、相手との距離を縮めることもできるし、逆に、これ以上は近付けないという意味の、謎めいたガードにもなる……

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