『天使の翼』第5章(5)
わたしは、あわてて視線を箱に落とした――ふつうは、逆に、彼の顔を見るべきなのに……
シャルルは、人さし指の先で、直方体の一点を示して、わたしに見せてくれた。
「ここに、銀河標準2ミリくらいの丸いへこみがある」
わたしは、シャルルに顔を寄せるようにして、直方体のその部分を見た――マーブル模様は、その丸いへこみが立体的なくぼみではなく、単なる模様にしか見えないようにカモフラージュしている……これでは分からないはずだ。一度視線をそらしたら最後、二度と見付けられないような小さなへこみ……けれども、そのへこみは、いかにも直方体のボタンのありそうな位置――身の部分の長い方の側面の中央にあった――
「このへこみは、じつに巧妙にできている。この小ささだと、うっかり押してしまうということはほとんどないに違いない。――爪の先で意識して突かないと駄目なんだ」
そこで、シャルルは、わたしににやりと笑みを向けた。
「やってみる?」
わたしは、慌ててかぶりを振った。
「ハハハ。それじゃ、僕がボタンを押すから、念のために少し離れて」
彼の顔を見ると、まんざら冗談で言った訳でもなさそうだったので、わたしは、ベンチを立って少し後退した。
シャルルは、慎重に赤黒い箱をベンチの上に置くと、立ち上がってから、腕を伸ばして、指先の爪で、へこみをつついた。すぐに箱から離れる。
――最初は、何も起きなかった。が、件の凹みには何の意味もなかったのかしら、と思いだしたとき、俄かに箱が、白い光輝を放ちだした――箱の上方直径標準1メートルの範囲が放射光で背景も見えないほどに輝いた――次の瞬間、そこに一人の人物の立像が浮かび上がった。

0コメント