『天使の翼』第5章(4)

 「――この直方体は、見せ掛けと本質という、おなじみのテーマを僕たちに投げかけている。問題は、それが、単なる好奇心、スリルの問題なのか、それとも、本当に危険が宿されているのかだ……」
 「……」
 「答えは――分からない、だ」
 シャルルは、あっさりと結論を導き出した。
 「あいにくX線透視装置も分子嗅覚装置も持ち合わせていないからね。……本部に送って分析する手もあるけど、それだと、標準時で丸一日棒に振ってしまう……どうしよう」
 シャルルは、大真面目だった。
 「……分からないわ」
 「僕の推論はこうだ。僕たちの使命は、まだ誰にも知られていない。僕たちの身に危険が及ぶとしても、それは、僕たちの使命とは係わりのないことでだ。したがって、仮にレプゴウ男爵の招待に悪意が宿されているとしても、それは、この招待状そのものではなく、僕たちの行った先に待ち構えていると思う」

 わたしは、肩をすくめた。
 「何かあるたびに100%の安全を追及していては、一歩も先へ進めない。開けてしまおう」
 さっきまで、この箱に危険が潜んでいるかも知れない、などと思ってもいなかったわたしは、逆に、慌ててしまった。
 しかし、わたしが制止するひまもなく、シャルルは、直方体の身と蓋を分ける溝に爪をかけて、ぐいと引いた――びくともしない。
 「これは、見せかけだ」
 シャルルは、直方体を顔の間近に持って行き、その表面を、裏と言わず、側面と言わず、仔細に観察した――が、分からない。
 「この赤黒い色は、よく見るとマーブル模様になっていて、しかもフラクタル図形のように、入れ子式に、波形模様の中にさらに波形模様が隠されている……」
 シャルルは、やおら目をつぶると、直方体を膝の上に置いて、指でなぞりだした。
 わたしは、今まで意識していなかった、シャルルの細くて長い指にどきりとして、胸の鼓動の早まるのを感じた。
 思わずシャルルの顔を見る――幸いなことに、彼は、わたしの生理的な反応には何も気付くことなく、目をつむったまま、箱の表面を探っている……わたしは、どうかしてしまったのか、彼の指を意識した後、今度は、彼の閉じた瞼が、とても可愛らしく――

 「おや――」
 シャルルが、小さく声に出して、目を開いた。