『天使の翼』第4章(6)

 わたしは、入国手続き――と言っても、マウリキス伯爵は歴とした帝国の譜代直接叙任貴族だから、ほとんど形式だけ――を済ませ、すぐさま、エアタクシーを拾った。
 「ぐるっと一周してちょうだい」
 めぼしいホテルに白羽の矢を立てなくては……
 わたしは、初めての土地を訪れるとき、いきなり目的の場所なり建物に直行するのではなく、まず、周囲をぐるっと回ってみることにしている。まず全体の感じをつかんでおきたいのだ。……何事も、ルーツがどうなっているのか、そして周辺の中でどういう位置付けにあるのか知りたくなるのは、わたしの性といって良い。わたしは、昔から歴史の本や、生態系について書かれたものに興味があって、物事の本質を知るには、そのものだけを見ていても分からないことがある、というのが信念のようになっている……というか、物事の上面だけを見て間違った判断を下したくないのだ……もちろん、祖母の影響も大きい。祖母は常々言っていた――
 「あんたのその歌、どこから出てきてるんだい?――その詩の根っこはどこに生えてるんだ?――お前の心の中の奥の奥から伸びて来てるのかい?」
 この祖母の言葉は、わたしにとって一生の宝物だ。歌を作った時、自分の心にこの問いを発すれば、答えはすぐに返ってくる……
 ただ――
 ただ、わたしは、最近一つ思うことがあって、それは、自分の周囲にいる人を判断する時、その人のその時のありのままを見た方がいいのではないか、ということだ。
 人間には、自分を変えたいと思う強い願望と、実際、自分を美しく――もちろん精神的に――、強く、やさしく思いやりのある人間に変えていく力がある……

 その人の履歴や過去とは、まったく関係ない。――だから、たとえ誰かを好きになっても、最低限知りたいと思うことはあっても、根掘り葉掘りその人の過去を聞き出そうとは思わない。
 ――その人、今そのままの姿を見ていたい……
 「お嬢さん、吟遊詩人かい?」
 運転手のおじさんの言葉に、わたしは、我に返った。
 「そうよ」
 「今夜歌う所を探しているのかい?」
 いつの間にか、夕闇が濃さを増している。
 エアタクシーは、海上10メートル程の無線誘導路を、セントラル諸島で二番目に大きい南島(サザンアイランド)へと滑空していた。