『天使の翼』第4章(5)

 ――船体の気密ドアーが開き、聖薬配給庁の警備兵が入ってきた。
 リーダーらしい軍曹が、おなじみのアナウンスを行なう――
 「今から、皆さんを十人ずつ聖薬検査所の検査用個室にお連れします。個室は男女別に分かれています。性別は、旅券にあなたが申告登録された性別にしたがってください――」
 ――暗に性同一性障害のことを言っているのだ……
 「――検査は、尿検査方式で行います。初めて宇宙旅行をなさった方も、個室内のモニター画面通りに簡単な機器操作を行ってください。これは警告です。いかなる違法行為も、システム上直ちに検知され、即時逮捕されます。聖薬上の犯罪は、銀河帝国法典上極めて重い罪に問われます。また、誤って排尿直後の方、疾病等により排尿困難のある方は、申し出てください。これから行う尿検査は、煩わしくはありますが、最も簡便かつ確実な方法であり、また、帝国の安全保障の根幹を担っています。ご理解とご協力を求めます――」
 ――手続きは、その通りに行われ、わたし達の船は、おびえて尿の出なくなってしまった少年と、その家族四人だけを聖薬検査所に残して、係留棟を離れた。
 船は、すぐに大気圏突入コースの軌道に乗った。
 船窓に、眼前に迫る顔のように、ポート・シルキーズの青い球体が広がり、多島海の名に恥じぬあまたの群島・列島が、まるで黒子か何かのように視認できる。
 ――と、見とれている間もなく、アナウンスがあり、船窓が遮光化されて、かすかな振動とともに、船は、大気圏に突入した。

 窓の透明度が元に戻った時、船は、ポート・シルキーズの海上わずか100メートルばかりを、滑るように夕陽に向けて滑空していた。
 名も知れぬ巨大な海棲生物の群れが、水面をジャンプしながら移動している。そのくねくねとした筋肉質の体と、はっきりそれと分かる大きな黒い眼が、心に焼きつく。……ふと気付いたが、鳥はいるのだろうか?こう海ばかりでは……今のところ空飛ぶ生き物は見えない。
 毎度のことだが、初めて訪れる惑星に、わたしの心は、好奇心いっぱいだった。わたしは、テラ=アケルナルからの距離が近過ぎたせいだろうか、まだこの星には来たことがなかったのだ。
 ポート・シルキ―ズ宇宙港(スペース・ポート)は、消波装置で海表面の影響を消去した、巨大な浮島だった。巨大な宇宙船が次々と発着し、無数の観光客――文字通り全宇宙からの客人だ――は、これまた、無数といってよいエアカー・エアバス・エアトレインによって、惑星の随所に散らばった観光スポットへと運ばれていく。選り取り見取りとはこのことで、どこに宿を取るか選べと言われても、プラスの選択が多過ぎて返答に窮してしまうというものだ……
 わたしはと言えば、心は決まっていた。
 吟遊詩人としてサンス大公国の国境を越えようというからには、ある程度名を成していなくてはならない。名声を得ることなどわたしの望むところではないが、この際方針変更だ。――宇宙港があり、マウリキス伯爵の居城のある、ここセントラル諸島で荷を解こう。