『天使の翼』第2章(1)
……このように、人類の政治史を紐解くと、受益者に係る個人主義と 全体主義の対立軸、そして、階級構成に係る流動化と固定化 の対立軸、この二つの拮抗する争点が、常に繰り返し繰り返し立ち現れて、その時々の政治の本質を決定づけた。言うまでもなく、究極の全体主義と、階級間の移動が極度に制限された身分制社会が組み合わさった時、そこでは、最も過酷な政治が行われる。そのような蟻のような社会は、しかし、人間の本質(感情と思考、主体的行動)とあまりにもかけ離れているため、それ自身の歪んだ構造を支えきれず、早晩自壊するであろう。……同時に、人間は、他の生物同様、競争原理の中で生きているという側面がある。野放しの個人主義(つまり利己主義)と、資格要件の欠如した階級間移動の組み合わせは、まさに、無政府主義(アナーキズム)の定義だ。
(銀河帝国第一王朝期の政治学者)
人さらいは、この広すぎる銀河の、悲しい現実の一つだ。
仮に帝国内務省の警察力が現状の二倍あったとしても、ゼロにすることは難しかろう。無視できない需要があり、需要のある所、必ず供給業者が出てくる。人類のロボットテクノロジーは、もう数十世紀前に高度先端化し、家事ロボットから、それこそセックスパートナーまで、作ろうと思えば何でも作れる――が、高価だ。あまりにもコストがかかり過ぎる。その点、生身の人間は、ある意味で、タダだ。……ロボットは、前宇宙時代の人が思ったほどには普及せず、かわりに、奴隷制度の暗い水脈が、途切れることなく流れ続けている。
もちろん、帝国の直轄統治領および譜代貴族領(併せて、銀河帝国法典施行領)の住民は、一人の例外もなく帝国市民権を有する帝国市民だし、外様貴族領(コスモス・マグナカルタ領域)からの入領者も、強力な帝国法典の属地主義によって保護されている。問題は、植民星省の管轄する辺境星域(フロンティア)で、帝国法典が必ずしも浸透せず、脱法行為が横行している場合、そして、間接統治領、つまり貴族領において、独自の領主権が人権に対してあいまいな規定しか持っていなかったり、たとえそうでなくとも、隠然として奴隷制が行われている場合だ。この広い銀河の特権的な貴族の、誰も入れない宮城の奥まった一室で何が行われているかなど、誰にも監視できないし、統制できない。――そのような曖昧さを嫌い排除しようとすれば、必然的に集権化を進め、帝国の王権を絶対化しなくてはならないが、皮肉にも、それをやろうとして滅んだのが、第一王朝ではなかったか……。第二王朝初期の世襲の皇帝達は、第一王朝の王権によって叙任された伯爵家のプリンス達なのだから――第二王朝自体が簒奪王朝なのだ……
わたしは、自分の背中が強く後方に押し付けられるのを感じて、目を覚ました。
――わたしは、シートに座って、ベルトで上半身を絞められ、見えない力で、背中がぐいぐいとシートの背もたれに押し付けられていた……それが銀河の旅行者にはおなじみのGのかかった状態だと分かるのに、しばらくかかった。
ハッとして船窓を見ると、そこはもう大気圏外で、テラ=アケルナルの丸い水平線が、紺青に輝いていた。
そして、先刻の男達が、二人は、わたしの両脇のシートに、そして、一人が――わたしのみぞおちにブローを食らわせた男に違いない――、わたしの前のシートに向かい合って着いていた――三人とも、今は、真っ黒な軍服に、金の徽章という出で立ちで……

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