『天使の翼』第8章(65)
グリンフィールド査察官は、駄目を押した――
「私は、准大公である。そこに跪け!」
――査察官は、通例、調査対象以上の爵位を有している。
そして、グリンフィールドは、位階呈示装置を作動させた――右手の平を体の前にかざして、「ハー」と静かに息を吐いたのだ。
右手の前の何もない空間に、鮮やかな金文字がきらきらと浮かび出た。
『GRAND DUKE』――
1WOPの疑念もなかった。
まだ一度も使ってない、わたしの両肩に埋め込まれた天使の翼と同様、位階呈示装置は、人の肉体に移植された機械だ。この装置を不法に取り扱って身分を偽ることは、死罪に次ぐ厳罰を覚悟せずには行なえないことだ。身分秩序を偽ることは、帝国の体制の根幹に関わる罪である。
スカルラッティは、屈強の兵士に両脇を固められたまま、わなわなと膝を屈した。
「――スカルラッティ公爵、あなたを、多重殺人罪、第一級違法目的聖薬使用罪及び聖薬使用に関する虚偽報告罪の容疑で逮捕する」
――スカルラッティは気付いたであろうか?聖薬が絡んだ瞬間に、刑罰の極刑が死刑の可能性……いや、この場合は、必然性を帯びたことを。しかも、グリンフィールドが列挙した罪は、あくまで現時点で想定される代表的な罪状に過ぎない。スカルラッティのやってきたことを思うと、一体どれほど多くの犯罪の構成要件を満たすか、知れたものではないのだ。
スカルラッティと修道僧は、完膚なきまでに叩きのめされ、連行されていった。
すれ違いざま、グリンフィールド査察官が、シャルルに軽く頷いて見せた。
冷静に考えれば当然の処置であった。隠密行動中のシャルルが表に出るような事態は、何としても避けなくてはいけない。『黒子に徹する』とは、こういうことであったのだ。
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