『天使の翼』第8章(62)
「おやおや、大司教様の面前で汚物を撒き散らすとは……じゃが、これで手間が省けたというものだ――胃の中を空にするのは、わしの一番嫌いな工程だで」
いつの間にか、あの修道僧が傍らにいた。
見ると、まるで屠殺場の係りにでも扮装したかのように、白いゴムの前垂れ、手袋、長靴ですっかり体を防護して……いや、いや、扮装などではない、まさにそうなのだ……
修道僧は、手にしたホースの高圧水を噴射して、わたしが拘束椅子の横に吐いた物を、側溝の方へすっかり流してしまった。
その手際のよさは、どう考えても、度重なる経験のなせる業だった。
「この男は、私の分身だ」
スカルラッティが言った。
――二人組みの連続殺人犯は決して珍しくないと言うが、この二人の異常者は、一体どのような精神的構造で繋がっているのだろう?……修道僧の方が主導権を握っている可能性だって十分考えられる……
「――この男は、あらゆる薬品に通じており、数ある修道院の薬草係の中でも一、二を争うプロだ。……たとえば、好きなだけ、思いのままの時間眠っていてもらうことなど、この男にとっては、初歩の初歩なのだよ」
「さすれば、今から実演して見せるのが、高等テクニック、といった所ですかな、猊下」
「まさしく。一人はすっかり溶かしてしまい、一人は、そう、言わば、その過程において化石を作るようなものだからな」
「『軟らかい化石』と言って下さい、猊下――」
ここで、スカルラッティが、クツクツと愉快そうな笑いを漏らした。
「――本物の化石は、体組織と鉱物が入れ替わったものですが、私の作る芸術は、体組織と、私だけの知っている特殊な樹脂を置換させるもの。……お前さんの後ろにあるシンクが、お前さんの新しく生まれ変わる時の揺り篭じゃ」
わたしは、おびえきった目で修道僧とシンクを交互に見ていたと思う。全く不本意な状況で、こういう事態になってしまったことを今さら反省しても始まらないのだが……
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