『天使の翼』第8章(48)
わたしとシャルルは、侍僧の案内で、スカルラッティの聖堂へと連れてこられた。
離宮の裏手に独立して建てられた小聖堂は、深閑とした夜の森の、高い木々の梢に抱かれていた。灯りと言えば、聖堂の前の砂利敷きのスペースに立てられた一本の松明だけ。昼間であれば、緑の木漏れ日にくるまれて、優しげな美しさをかもし出していたかも知れないが、今は、深い井戸の底なしの水の中を落ちていくような不吉な予感に、鳥肌が立った。
ふと気付くと、この星のこの半球がもう冬だからかも知れないけれど、虫の音はもとより、鳥の声も、獣の遠い鳴き声さえも聞こえない。――聞こえるのは、夜風の音と、その風に吹かれる、葉を落とさぬ木々のざわめきだけ……
侍僧は、「扉の鍵は開いている」とだけ言い残して、こんな所にはいられるものかとばかりに退散していった。
「これは気に入らない。……ひどく嫌な感じがする……」
聖堂の閉ざされた扉の方を見て、シャルルが言った。
わたしは、思わず身震いした。
この小さな聖堂は、どう見ても、公的な名義聖堂などではなく、個人の聖堂であろう……聖堂というより、霊廟……まるで、スカルラッティの心象風景の中の奥の院のような……
人は、不愉快なものは無意識に先送りしようとする――それが性だ――
「何故、サンスの第一公女がいたのかしら?」
気付いた時には、言葉となって出ていた。大切なことだけれど、当面の課題ではないのだが……否、使命第一に考えれば、わたしの両親の消息よりも、こっちの方が――
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