『天使の翼』第8章(38)
ジェーンからもらった絵地図によると、スカルラッティの山荘――規模的には、離宮という表現の方が当たっているだろう――は、渓谷を20標準キロ程遡ったところにあった。
本来エアバイクを、誘導路でも、普通道でもないところを飛ばすのは、大変危険なことなのだけれど、他に手段もなく、あまり時間に遅れる訳にもいかないので、わたし達は――もちろんわたしの運転で――渓谷の上を飛んだ。
幸いなことに、アクィレイアの月が二つも空に浮かんで、その幻想的な青白い光を頼りに、わたし達は飛んでいった。眼下には、白く泡立って滔々と流れる大河……。緊張のあまり忘れていたけれど、さすがに初冬だけあって、バイクに切り裂かれる風は、身を切るように冷たい。
ほどなくして、渓谷の前方が、巨大な瀑布によって視界を塞がれていることが分かってきた。その轟音と落下する海のような水流が、月明かりの中でその威容を誇示していた。
離宮の在り処はすぐに分かった。滝の上の河のほとりにあるそれは、夜会を盛り上げるためだろうか、見事にライト・アップされていたのである。白い砂岩らしき外壁で覆われた離宮は、いわゆる第二王朝風の、華美な装飾を排した、シンプルな外観で、絶壁の上から眼下のタイガ――あくまで、この星の植生上タイガに当たる部分を占めている植物型生物群――を見下ろせば、さぞや素晴らしい景観が楽しめるのだろう。
わたし達は、渓谷上から地上道に乗り移って、建物に後500標準メートル程のところで、私設の警護部隊らしき2台のエアカーの出迎えを受けた。どうやらほとんどの招待客はとっくの昔に到着しているようで、他に城に向かう車はない。
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