『天使の翼』第8章(34)
夕闇迫るウラールの森――
わたしは、シャルルと二人、無言で歩んだこの夜のことを生涯忘れることはないだろう。人気のない森が、わたしの不安を――何度も何度も心の壁の向こうに追いやるのだけれど――気付いた時には、心の中いっぱいに染み出させてしまう……
ようやく、前方にスカイ・ポートが見えてきた。
ギラギラときつい照明に浮かび上がったスカイ・ポートは、狭かったが、いかにもスカルラッティのプライベート・ポートらしく、高価な資材を使って、よく整備され――
わたしの気付くのと、シャルルの気付くのが、ほとんど同時だった。シャルルが、ぎゅっとわたしの手を握り締めてきた……
瀟洒な白いスペース・ヨットの脇で、わたし達を出迎えるべく佇む若い男性――
(洞窟隊商路でかろうじてまくことができたあの悪党!)
シャルルの動きは、早かった。
手下がわたし達に気付いて振り返ろうとしたその瞬間、目にもとまらぬ速さで、シャルルの右手が、彼のくるぶしの辺りに伸び、次には、その手に持ったナイフ――わたしは、今まで、そんなところに彼がナイフを隠し持っているとは知らなかった――が、さっとばかりに、吸い込まれるように、悪の手下の頭部に向かって飛んでいった。
手下は、一声も発することなくその場にくず折れた。
「この男がいるということは、スカルラッティの犯罪は確定的だ」
言い放ったシャルルは、わたしを引きずって木陰に身を隠すと、政府高官用携帯端末に一連のコマンドを打ち込んでいく――そうしながらも、シャルルの視線は、抜かりなく周囲の状況を確認している――ほっとしたことに、ここは、よくあるロボット管理の……無人のスカイ・ポートだった。
「――査察庁軍は、今からきっかり2標準時間後にウラールに姿を現す」
わたしは、頷いた。
これは後で知ったことだけれど、その時、シャルルは、生まれて初めて、人を殺したのである――しかし、この時彼は、そんなことはおくびにも出さなかった。
……わたしは、髪をショートにして、多少なりとも変装している。でも、シャルルは――シャルルは、スカルラッティと面識もなく見られた訳でもないので、髪こそポニーテールに束ねていたけれど、そもそも変装などしていなかった。もし手下に察知されていたら、取り返しのつかないことになっていただろう……悪の手下がこんなスカルラッティの身近、お膝元で動いているとはうかつだったが、いずれにしても選択の余地はなかったのだ……

0コメント