『天使の翼』第8章(29)

 次の瞬間、会場のそちこちでぱちぱちと拍手の音が上がり、それはすぐに、聴衆全体を巻き込んだ熱狂の渦と化した。
 シャルルは、たちまち、壇上に飛び上がってきた村の乙女――と言うか、三十代、四十代と思しき女性まで……もう、表現はどうでもよい!――数人に囲まれて……
 もみくちゃ……何てこと!どさくさにまぎれてキスしてる娘がいる!
 場内整理の修道僧らが、慌てて引き離しにかかる……宗教上の祭礼にどっと押し寄せる世俗の波を押し返すのは、並大抵のことではない……
 ――幸か不幸か、わたしにしがみつこうという勇気のある男性は不在のようだった。
 ふと、歴戦の吟遊詩人の方を見ると、彼は、両腕を広げて見せた――「負けたよ」――。
 わたし自身、この祭りの雰囲気にそぐわない歌詞が何故受けたのか、よく分からなかった。しいて言うなら、テクニックで押しまくって無理やり勝ちを取ったというよりは、曲・詩、そして少しはわたしの貢献もあったのかも知れないけれど、何といっても、シャルルの声、そして歌う姿の圧倒的個性が、聴く者の心を捉えたのだと思う。
 会場の歓声がひときわ大きくなり、振り返ったわたしとシャルルは、この歌合戦が始まって初めて席を立って歩み寄ってくるスカルラッティに気付いた。わたし達は、膝を折って辞儀をした。そして――
 そして、わたしは、たぶんシャルルもだと思うが、突然噴き出してきた嫌悪感を隠すのに相当の努力が要った――スカルラッティは、右手にわたし、左手にシャルルと、腕を回してわたし達の肩を抱き寄せてきた。そして、わたし達の手を取って高々と掲げて見せた。
 会場の歓声がまた大きくなる。

 ようやくスカルラッティの手から解放されて、一息ついたのも束の間、スカルラッティの声が降りかかってきた。
 「実に個性的だった。サンス大公国の大使殿も、少なからずや感心なさっておられる」
 (サンスの大使?)