『天使の翼』第8章(21)
そこまで考えたわたしは、シャルルの顔を振り返った。
シャルルもまた、わたしを振り返って、頷き返してきた――
「吟遊詩人は、スカルラッティにとっての悔悛の聖女だ」
シャルルは、わたしの考えていた通りのことを、わたしの耳元に囁いた。
……
気付くと、すでにスカルラッティは、話を終え、壇上の貴賓席に着いていた。遠目にも、地元の関係者らと気さくに談笑しているのが分かる。もし彼が本当に犯罪者であるなら、見事としか言いようがなかった。これ以上ないといってよい高い地位が求心力となり、さらに、護衛も付けずに村人と交わる親しみやすさを演出する……壇上のスカルラッティのくつろいだ様子が会場全体に染み渡り、聴衆は、老若男女問わず、すっかり陽気かつ高揚した様子で顔を輝かせている……
それとひきかえ、わたし達は、極度のプレッシャーにさらされていた。
すべての状況がスカルラッティを指し示しているものの、まだ何の確証もなく、また、全く面識のない相手なためか、わたしのスカルラッティに対する感情には、非現実感というフィルターが被せられていた。激しい感情の動きを台風にたとえるなら、わたしは今、その感情の台風の目の中にいた。むしろ、スカルラッティが確実な敵として、憎むべき対象としての実感を伴っていたら、よほど楽だったろう。実際には、この権力者と戦わなくてはならないという緊迫感、そして、スカルラッティを知るにつれ増してきたこの人物の不気味さ、何かとんでもない事実が明かされるのではないかという恐れ、そういったものが、わたしの心を乱し、揺さぶっていた。

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