『天使の翼』第6章(20)
前に、ミロルダに向かうスペース・クルーザーの旅でも感じたことだが、どんな困難な状況にあっても、そこに活路が――方向性がはっきりと定まっていると、人は、意外と安らかな眠りを得られるものだ――わたしの場合は、ワープ航法で飛んでいる時は、熟睡こそできないけれども――。
わたしは、宮殿の最上階に近い、客間の寝具に横たわり、安らかな眠りの予感に包まれながら、高い天井を見上げていた。明かりは、窓からもれてくるミロルダの月明かりだけだ……できれば、窓を開けて、夜風を入れたいところだが、すぐ身近に悪の手下共がいるかも知れない状況では、ちょっと無理……あらためて、自分が危険の真只中にいることが、不思議に思えてくる……
わたし達は、明日一日休養をとって、明後日の朝旅立つことに決めてあった。旅立つ前、明日の夜、男爵に歌を披露する。
わたしの横の寝具で、わたしの弟ということになっているシャルルが寝返りを打った。彼は、とても寝付きがいい。……つい先ほどまで、わたし達は、今日得た情報をもとに、前に立てた探索の方針を再検討していた。
まず何よりも、スカルラッティという具体的な名前がある、ということだ――
⒈ ポート・オブ・ポート・シルキーズの宿泊名簿の中に、スカルラッティの名はないか?
⒉ バージニア・クリプトンのチケット購入者リストの中には?
⒊ マウリキス伯爵領の出入国管理情報には?
――もちろん、スカルラッティが隠密で行動している可能性もあるが、ポート・シルキーズのような首都星域圏で、帝国宰相たるものが何の痕跡も残さずにいられるとも思えない……
⒋ 黒いヨットの遭難状況――この点については、もうこれ以上の情報は得られそうにもない……
⒌ 状況証拠としての価値は減じたものの、POPSの支配人室で見た白い封書の重要性に変わりはない。
シャルルは、政府高官用携帯端末を使って、聖薬査察庁のエージェントに、1.2.3.に関する調査を指示した。
5.に関しては、支配人の記憶を確認することは断念し、少々手荒いが、家捜しをすることになった。
――もちろん、これらの指示は目的を伏せて行われたし、シャルルによれば、査察庁では、日常的にもっと風変わりで突拍子もない調査が頻繁に行われているので、誰も気に留める者はいないだろうという。
⒍⒎ 両親の事故が起きたと思われる年代に惑星系で起きた恒星間連絡船の事故の割り出し、そして、搭乗者名簿の確認。特に、ミロルダを含む半径100光年の特異星域を最優先に。
⒏ レプゴウ男爵との会話から、新たに探索に付け加える項目
① 男爵家の吟遊詩人招待の詳細なリスト作り――彼らの交通
手段、そして、事故との関連。
――
「――そして、②番目に、査察庁のスカルラッティに関する全調査記録にアクセスしなくては……何か重大な見落としがあるかも知れない……」
それが、寝入る前のシャルルの言葉だった。
シャルルは、洞窟隊商路で立てた方針を手際よく刷新し、できることにはすべて指示を出したのだ……
わたし自身、眠りの予感にすべてを委ねる前に、もう一度シャルルの寝顔を見詰めた……いとおしさが込み上げて……気付いたときには、シャルルの頬にキスをしていた……
わたしは、暗闇の中で赤面しながら、心が満たされていくのを感じていた……

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