『天使の翼』第6章(18)
「――スカルラッティ公爵が大の歌好きだとは、ご存知でしたか?」
知らなかった――宰相が私的に吟遊詩人を招くなどということがあるのだろうか……中央は避け、地方で名を秘して、ということだろうか……
「我が家と、吟遊詩人の招待合戦を演じたことのある人物……白い封書を使っているかどうかは別として、過去に同一の吟遊詩人を招待しようとバッティングしたことのある既知の人物は、わたくしの知っている限り、スカルラッティ公爵だけです……それは、父も経験していて、わたくしには『このことは秘密だよ』と苦笑していたものです。もちろん、白い封書の使い手と同一人物という認識はなかったし、それは今でも分かりません」
……わたし達三人の間に、沈黙という名の重い帳が下りた。
重大な情報が、次々と明るみに出て、最後に、きわめてデリケートな、憶測の域を出ないけれど、具体的な名前も示された……
根拠がある訳ではない。――全くの的外れかも知れない……
「プロファイルには、ぴたりと合致する――」
シャルルが独り言ちて、わたしは、ドキリとした。
「失礼……僕と姉は、犯人が一体どういう人物か、二人で話し合ったのです」
若き男爵は、頷いた。「分かりますよ」――という風に……その中には、わたし達が本当の身分を隠して旅している、という事も含んでいるように、涼やかな顔が物語っている……わたしの思い過ごしかもしれないけど、いずれにしても、この聡明な若者は、余計なことには一切触れないだろうし、まして、秘密をもらすようなことは……想像もできない。……よく気の回る賢い子……わたしのタイプだ……こんな時なのに、わたしは、シャルルのことも忘れて、ちらと男爵の顔を窺った――
――と、どうしたことか!彼もわたしの方を見ていて、しかも……微かな風が吹いたように小さく頷いて見せた……
わたしは、確信した――彼は、ある程度まで事情を見通している。
その上で、余分なことには触れずに、協力してくれようとしているのだ……

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