『天使の翼』第6章(17)

 もちろん、ただの偶然なのだろうが、それは、「スカルラッティ公爵のような善良なる帝国市民の公僕が」よりによって、というニュアンスでのことかといえば、決してそうとは言い切れない……むしろ、逆に、あの貴族然として、人間的柔らか味の感じられない人物の中に、もしかしたら、とんでもない暗部が秘められているかも知れない――平たく言えば、いまひとつ信用ならないという意味合いで、皇帝も、公爵の名を持ち出したのだ。その受け止め方は、わたしにも、シャルルにも、そしてレプゴウ男爵にも共通なものなはずだ……
 「わがレプゴウ男爵家は、今でこそ、経済的なものは別として、落魄した貴族の典型ですが、何世代か前までは、帝国政府の高官を輩出していました。植民星省、そして、保護国省といった外交畑です。我が家の最後の巨星と言っても良いわたくしの曽祖父が保護国省のハロ総局長――銀河外縁部担当総局長、つまり、外様貴族相手の外交を担っていた時、その配下にあってめきめきと頭角を現してきたのが、若き日のスカルラッティ公爵十二世でした……詳しいことは省きますが、その縁で、我が家と公爵家の間には、今でも細々とながら行き来があります――」
 ……わたしは、自家とスカルラッティ公爵の因縁を語る男爵の言葉に耳を傾けながらも、なおも、皇帝とスカルラッティ公爵のことに思いを巡らしていた――皇帝にとってスカルラッティ宰相とは?行政上は、皇帝が元首にして主席執政官、宰相が副主席執政官。最大定員10名からなる最高意思決定機関――執政官会議の議長と副議長……しかし、現実の法的権能は、皇帝の方が圧倒的に強力だ。にもかかわらず、現宰相スカルラッティ公が、場合によっては、皇帝に頑強に抵抗する人物であることは、政界、いや、帝国中に知れ渡っている……皇帝が、ことによってはきわめて反抗的な人物を宰相の地位に留めているのは、むしろ、そんな宰相の歯に衣着せぬところを買っているとも、そのような人物を野においては厄介だとの判断があるからとも言われていて、真相は陛下の胸の内……。そういえば、その性質は違うものの、二人とも「謹厳」を絵に描いたような人物……今、その宰相に、宰相の纏う真紅の法衣に、血がかかったように黒い染みが……