『天使の翼』第5章(80)

 シャルルは、口では何も言わず、素早く自分の体をハーネスに固定し、降下準備を整えた。
 「言うまでもないけど、リモート・コントロール・パネルは、一番最後に下りるダイアンが持っててくれ。……お姉さん、ちょっと」
 わたしは、ぎこちなく崖っぷちのシャルルに近寄った。シャルルが、わたしの腕を取って、小さく囁いた。
 「何も怖くないからね。――いざとなったら、天使の翼を使っちゃえ」
 わたしは、思わず笑みを浮かべて、シャルルの腕を叩いていた。
 こんなことで天使の翼を使う訳にはいかないし……たぶん、シーザリオンの言ったことが正しければ、翼は開かないだろう――
 
 『……天使の翼は、実際にあなたが使命を果たす場面になって、あなたが心から迸るような思いを抱いた時にしか開かない……』


 シーザリオンの言葉は、まるで遠い過去からのこだまのように、わたしの心の中に響いた。実際には、それほど昔のことではないのに……

 「じゃあ!」
 シャルルが、ウインクして、止める間もなく、悪魔の口腔の中へと身を翻した。