『天使の翼』第5章(19)
黒い船は、はるか後方、ミロルダの太陽の光を浴びて白く輝く点だ。見かけの大きさは、大きくもならないし小さくもならない……周回軌道を高速で移動している限り、牽引ビームは危険すぎて使えない。ましてドッキングなど――
「黒い船の目的が何であれ、僕たちの殺害が目的じゃない――」
シャルルが言った。
「――この船の積み荷が目的とも思えないし、いかにこのクルーザーが高級船だといっても、査察庁のブラック・リストに載る覚悟で、ワープ・ステーションの前面でスペース・ジャックするのは、リスクが大き過ぎる」
「……」
「黒い船の目的は、僕たち……あるいは、僕らのどちらかの生け捕りだ」
「わたし達の本当の身分と名前が、もう知られてしまっているということ?」
「……もしそうなら、そんなに簡単に秘密――厳秘事項(トップシークレット)――が漏洩するようでは、帝国の命運は、いつ尽きてもおかしくないね……今は、そう考えたくない。だとすると……」
「だとすると?」
「人さらい――」
なかば予期していたものの、わたしにとっては一番聞きたくない言葉を聞かされて、わたしの心は凍りついたようになった。わたしにとって、失踪――両親のこと――だの、誘拐だの、人が忽然と姿を消すことにかかわる言葉は、胸に突き刺さる太い釘だ。この話は、前にしただろうか――誘拐とまでは行かないまでも、長い間吟遊詩人としてやってきた間には、性的な嫌がらせの域をはるかに超えた目に遭ったことが二、三度はあった。不幸にして、人を人と思わぬ輩、つまり、人の感情を斟酌できない性格異常者が、この宇宙には五万といるのだ……
「それにしても、自載ドライブ・ワープ・エンジンを装備した宇宙賊というのはすごい。第一、自載ドライブ・ワープ・エンジンの装備船は、航宙省によって厳重に登録管理されていなくてはならない。第二に、自載ドライブ・ワープ・エンジンで出港する時は、必ずワープ・ステーションを起点にしなくてはならないし、持って行ける聖薬も、最大で、乗員乗客×3WOPまでだ……どう考えても、驚くべき聖薬法違反が行われているとしか思えない」
「それは、よくあることなの?」
「いや。もしそうなら、聖薬による安全保障は、とっくの昔に崩壊している……」
「……」
「ただの宇宙賊じゃないかも知れないな……というより、宇宙賊ではなく、特定の個人の――それも、かなり有力な権力者の犯罪かも――」

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