『天使の翼』第5章(1)

……手の平に乗るほどの小さな空間を占めるにすぎない物体が、無限大の重さを持っていると仮定してみたまえ。手に持って持ち上げようとしても、絶対に持ち上がらないし、近付いただけで、その物体の表面に吸い込まれてしまうだろう。……見ることすらできないのだ。……世の中には思いもかけない状況があり、その状況下では、日常と全く異質の法則が働く場合があることを、忘れてはならない。

                (地球連合政府時代の探検家)

 人生というのは、思いもかけぬ成り行きで流れていく。
 人間は、文字通り一人で生きているわけではなく、周囲との係わりの中で生きているから、物事は、必ずしも自分の思惑通りには運ばない。むしろ、周囲からの無数の働き掛け、言わばインプットのようなものに影響されて、気付いた時には、予想だにしなかった事態になっていることもある。
 そういう意味で、ポート・シルキーズ滞在がたった一昼夜になってしまったことに、なにも不思議はないのだが……
 わたしは、ホテルを出て、午前中の賑わいを見せだした海岸通りを、砂浜が途切れて岩礁が海面下におどろおどろしく見え隠れする辺りまで歩いた。

 その先にある人けのない眺望台で、シャルルが待っているのだ。
 ……街中のカフェで待ち合わせてもよさそうなものだが、確かにここなら、人に話を聞かれる心配はない。
 重大、と言っても、とてもその言葉では及ばない使命を担った二人が、初めて二人きりで会う……いったいどんな会話になるのか……
 ……わたしの心は重苦しくなるばかり……
 ともすれば俯き加減に歩いていたわたしは、しばらく前からしていたに違いない鳴き声に、はっと我に返った……
 空を見上げると、嘴のない鳥のような生き物が数羽、盛んに鳴き交わしながら頭上を旋回していた。……かなり大きく、目がだんだん距離感をつかんでくるにつれ、わたしの背丈の半分位はあると分かった。思わずぎょっとしたが、やがてくだんの生き物は、わたしに対する興味を失ったのか、優雅なグライダーのように飛び去った。
 この星の進化の系統樹がどうなっているにせよ、やはり、この星に「鳥」はいた……
 海岸通りに張り出した絶壁を回り込むと、前方意外に近くに、海にテーブルのように張り出した眺望台があった。

 シャルルは、長めの黒髪を海からの風になびかせて、水平線のかなたを見詰めていた。
 他には、誰もいない。
 近付くにつれ、次第に存在感の増していくシャルルの姿に、わたしの胸が騒いだ。心に重石があるとき、人は、目先のことに対処するので手一杯になってしまうことがある。心が小回りのきかない状態になっているからだ……
 考えてみれば初めて見るシャルルの普段着――といっても、シャルルは、彼なりに若い吟遊詩人の外見を研究したに違いない……ラフな服装が、彼の端正な顔立ちと相まって、とてもセクシーだった。擦り切れた上着を着ていても、その下の白い肌はとても清潔で、そのアンバランスさが、わたしには、素敵に見えた……
 彼が振り向いた。わたしを認めて、にっこりと微笑む――