『天使の翼』第4章(11)

 わたしが、吟遊詩人魂を心に秘めて会場に足を運ぶと、すでに、前座――という言葉は使いたくないが――の吟遊詩人――初老の男性の歌が始まっていた。クリプトンの侮辱的な言辞にもかかわらず残ったという三人のうちの一人――彼は、おそらく、そんなものには取り合わない、達観の境地にあるに違いなかった。歌を聞けばそれが分かる。よく通るバリトンの声が、高く低く会場に澄み渡って、最初のうち飛んでいた野次は、一曲歌う頃にはぴたりと止んでいた。
 わたしは、会場後方の席に目立たぬように陣どって、初老の吟遊詩人の歌う三曲をたっぷりと堪能した。
 おそらく、バージニア・クリプトンが唯一のお目当てで高いチケット代を支払った客達の間から、温かい拍手が沸き起こった。
 そして――
 巨大な、三万人は収容できそうな、すり鉢状のホールの明かりが一斉に落とされた。
 「紳士淑女の皆様!いよいよ本日のメイン・イベント、銀河の歌姫、銀河帝国ヒット・チャート・ナンバーワン、ダイナミックでセクシーな……もうこれぐらいにしておきましょう、紹介しているだけでショーの時間が終わってしまう――」

 ここで、会場には、期待に満ちた笑いが起こった。
 「……バージニア――ク・リ・プ・ト・ン!」
 イルミネーションが炸裂し、ステージに神の降臨を予言する如く光の柱が出現した。
 そこに――胸元の大きく開いた赤いレザーのショート・ジャケット、かろうじてお尻を隠しているミニのスカート、そして、恐ろしくとがって長いヒールの赤のブーツ――という出で立ちのクリプトンが、下を向いて佇立していた。顔は、セミロングのブロンド・ヘアに隠れている……
 わたしとて、今のポップス界の潮流に疎いわけではないが、正直目の当たりにして、ぶったまげた……わたしの歌は、馬鹿正直で、ウエットすぎるのだろうか……
 大音響とともにいま銀河系で一番耳にする旋律が会場に満ちあふれ、クリプトンが、さっとばかに顔をあげた――その入念にメイクされた無機質な顔に、クリプトンは、女性のわたしが吐き気を催しそうな、これでもかというあからさまにエロチックな笑みを浮かべている。
 歌は、しかし、さすがにプロだった。二人といない声の質、よく通り自在に変幻する歌声……これでは、会場のお客達は、わたしの歌を聴くころには疲れきってしまっているのでは――

 「大丈夫じゃ」
 わたしは、はっとして横を見た。
 総支配人だ。
 「クリプトンは大物だからな、きっかり標準時75分間でショーを終える。その後二十分ほど、休憩をいれて、客に飲み食いさせれば、あんたの出番の頃には、また歌が聞きたくなっている、という寸法じゃ」
 わたしは、肩をすくめた。そして、会場の大音響に負けないよう、支配人の耳元に口を寄せた――
 「彼女、カリスマがあるわ」
 老人は、眉をつり上げた。
 「ただの子供じゃよ」
 ……そうかも知れないが、いつか彼女が大人の女性としての自覚を持ったとき、彼女の前途には大歌手への道が開かれるかも知れない……