『天使の翼』第4章(7)

 「今夜は、……無理かも」
 わたしは、肩をすくめた。
 いくら飛び入りの吟遊詩人でも、もう夕方だ――そんな空きはないだろう……明日の出演の約束を取り付けた上で、今夜の寝床を確保するのだって難しい。ホテルなんて気紛れなもので、絶対空いていると思って行くと、シー・フロントでない低層階の部屋まで全部満室だったり、逆に半ばあきらめてフロントに行くと、あっさり良い部屋に案内されたりするものだ……
 ――そこで、運転手のおじさんとわたしは、バックミラーの中で視線が合った。
 「それが、そうとも限らないようだぜ、お嬢さん」
 「えっ?……」
 わたしは、思わず耳をそば立てていた。
 「昼過ぎに、お嬢さんのようなきれいな吟遊詩人のお姉さんを――三人組だ……乗っけたんだがね」

 「……」
 「ポート・オブ・ポート・シルキーズの前でだ」
 おじさんの口からその名の出たホテルは、セントラル諸島、いや、ポート・シルキーズで一、二を争う、超高級ホテルだ――わたしにも、それ位の予備知識はあった。
 「彼女らが言うには、今夜、POPSで、バージニア・クリプトンのショーがあるという」
 「バージニア・クリプトン!」
 これは驚いた。わたしに言わせれば、ギンギラギンの十代の小娘に過ぎないが、銀河にとどろく歌姫じゃない!もちろん、わたしのようなマイナーな吟遊詩人とは違う、メジャーな、超ビッグな音楽産業がバックについたスター歌手だ……
 「そのバージニア・クリプトンがひと悶着起こしたんだそうだ」
 わたしは、なんだか話の先が読めたような気がした――プライドの塊のようなスター歌手、そして、気位の高いことでは、それに引けをとらない吟遊詩人の女達……

 「なんでも、ホテルのロビーで擦れ違いざま、『今日は、また、いつになく、私の前座がうろちょろしてるわね。まったく、小判ザメみたい』」
 甲高い声でクリプトンの声色を真似して見せたおじさんは、背中で肩をすくめてみせた。
 わたしは、苦笑した――なんてバカな小娘なの……わたしは、そんなことを思うこと自体、そして、それを口に出すクリプトンの精神構造を疑った……薄っぺらい事この上ないじゃない……
 わたしの心の中に、ちょっとした企み、悪戯心が芽生えたのは、その時だ。
 運転手のおじさんによると、POPSで一稼ぎしようと集まっていた吟遊詩人は、男も女もあらかた引き払ってしまったという。そうなると、困るのは、かえってホテルの側であり、クリプトンのサイドだ。クリプトン程の超大物となると、他に同時出演するプロ歌手はいない。かといって、クリプトン一人で一晩中歌い繋ぐことはできない……そもそも、吟遊詩人の素朴で、ジャンルなどというものを超越した歌は、人気があるのである。
 わたしは、エアタクシーのおじさんの値千金の情報に100ユナイトのチップを上乗せして、ホテル・ポート・オブ・ポート・シルキーズの車寄せに降り立った。