『天使の翼』第2章(4)

 気付いた時には、クレイヴスは、奥の扉口から消えていくところで、わたしは、ガランとした室内に一人取り残された。
 改めて広間を見回すと、一番暗い部屋の中央に、木製の質素な椅子が二脚置いてある。
 ほどなくして皇帝が入ってきた。一人だ……
 わたしは、動きが優雅になり過ぎないよう気を付けて、膝を折り、片足を後ろに引く辞儀をした。
 わたしの視野の隅で、皇帝が大儀そうに椅子に腰を下ろすのが分かった。
 「デイテ、久し振りじゃな……」
 皇帝が咳き込み、わたしは、思わず面を上げた。
 皇帝は、身振りで、わたしに席に着くよう促した……その姿に、わたしは、衝撃を受けた。
 ――胸板薄く痩せた身体――ほんの一年前お会いした時の、老いてはいるが筋骨たくましい体躯は、見る影もなかった……皇帝は、もともと人前に出ることは好まず、特に最近は、儀礼的な公務を控えていると聞いてはいたが……

 しかし、皇帝は、椅子の端に背筋を伸ばして座ったわたしに対し、そのことにはすぐには触れずに――
 「実は、准将は、この照明を嫌っておる」
 前には意識しなかった細い指先で、四囲を示した。
 「影がチラチラして、一瞬の判断が遅れるかも知れん、というのだ」
 「……」
 「刺客が侵入してきた場合の話じゃよ」
 わたしは、思わず周囲を見回していた。
 「……わしは、実際にはそんなことが起こるとは思っとらん。……わしの刺客は、わし自身の体の奥深く潜んで……だいぶ前から活動を開始しておる」
 「……」
 「わしは、後継者を指名する時期に差し掛かった」
 わたしは、いきなり話が核心に近付いていることに気付いた。……しかし、何故、わたしのような者に、国事を、このような話をするのだろう……次の皇帝については、色々と憶測のあるのは、わたしも知っている。――帝国政府の宰相……アルクトゥールス総督……そして、プリンスと呼ばれる皇帝の孫……

 「だが、静かに死にたいわしのことを、世間は、なかなか放っておいてくれんでな」
 「……」
 「わしは、後継者を指名するどころか、死ぬことさえもさせてもらえんのだ――何故だか分かるかね?」
 わたしは、首を振るしかなかった。
 「代替わりとは、なかなか厄介なものでな」
 「政治的空白!」
 「その通り。――政治的空白が許されん事態が発生したのだ。今、帝国は、油断なく身構え、おさおさ準備怠りなく、乾坤一擲、敵を粉砕せねばならん……」
 (一体何のこと!……)
 「ハロ(銀河外縁部)に謀叛の兆しあり!」