『天使の翼』第8章(56)

 次に何が起こるか待ち構える間もなく、何かが作動する電気の音、そして何か重たいものがスライドするような音がした。スーと冷たい風が吹き込んできて、背後のドアーが開いたと知れた。
 眩しいなどとは言ってられず、上半身と首の動かせる限り後ろを顧みる。
 音もなく滑るように人影が動いて、わたし達の前に回り込んできた。
 スカルラッティだった――やはり、という思いよりも、分かっていながらこんな事態に陥ってしまったことが悔やまれる。敵はそれほど狡猾だった。査察庁軍の到着前に餌食となってしまっては……
 スカルラッティの僧服は、この場に最もふさわしくないはずだったが、そのミスマッチなグロテスクさという点で、他の姿は、ちょっと想像できなかった。
 スカルラッティは、全くの無表情で、わたし達――否、わたしの顔、そして全身を嘗め回すように見た。スカルラッティの関心はあくまでわたしにあり、シャルルが全くの添え物でしかないことは明らかだ。

 その視線は、まるで、この部屋には誰も人間がいないかのようで、純粋に無生物――物体を見る時の視線だ。わたしの思い、感情、人生、そして恐怖すらも、全くスカルラッティには見えていないに違いない。スカルラッティに見えているのは、外観という名のわたしの肉体と、スカルラッティが見たいと思っているイメージの複合体――夢想の対象であって、スカルラッティの視線は、完全に、一人の人間としてのわたしの上を素通りしていた。