『天使の翼』第8章(55)
考えてみれば、この部屋は盗聴、いや、それらしいものは見当たらないが、隠されたカメラで監視されていると思って間違いない。
シャルルは、その後しきりと胸のポケットの辺りを気にしていたが、すぐにホッとした表情を見せた。わたしは、恐らく政府高官用の携帯端末を気にしたのだと当たりをつけた。
わたしは、上半身と首だけを動かして自分を拘束している椅子を改めて見回した――すぐに分かったのは、椅子の背と座面の接合部がジョイントになっていて、つまり、この椅子は、そのまま寝台にも早変わりするということだ……
そうやっている時、わたしの視野の隅に飛び込んできたものに、わたしは、考えるより先に、肌が総毛立っていた。
それは、巨大な棺桶のようなシンクだった。
シャルルの後ろにも一基ある。そして……
そして、それぞれのシンクとわたし達の拘束された椅子とは、天井を這うレール状の物で繋がっていた……どうも、椅子がレールの上を滑っていきシンクの中に浸かるような――
わたしの尋常ならざる様子に、シャルルも、この断固拒絶すべき構造物に視線を這わせた。
わたし達は、この危機的状況に顔を見合わせた――何としても逃れなくては……あのシンクには、考えたくもないが、何か得体の知れない液体――とてつもなく邪悪な目的のための化学的組成を持った液体が、なみなみと注がれるに違いない……それとも、もう入っているのか……シンクの縁の向こうは見えなかったが、湯だっているような気配もせず、耳を澄ませても、わたし達を不安に陥れるような密やかな音もせず、鼻をひくひくさせても臭いもせず――
その時、どちらかと言うと薄暗かった部屋の照明が急に照度を上げて、部屋中のものが白光りする程眩しく感じられたわたしは、とっさに目に手をかざそうとして、思い切り、手かせに手の甲の敏感な部分を食い込ませることになった。思わず声を上げ、目をつぶる……瞑っていても眩しい目に悔し涙があふれてきた。
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